用語解説 [公開日]2017年12月18日[更新日]2024年3月6日

“刑事弁護は死んだ”?日弁連と当番弁護士制度創設の背景

“刑事弁護は死んだ”?日弁連と当番弁護士制度創設の背景

1.始めに−当番弁護士と日本弁護士連合会刑事弁護センター

刑事事件において起訴された者(以下「被告人」といいます)は、若干の例外を除き、国選弁護制度を利用できるため、私選弁護人又は国選弁護人のいる状態となります。

他方、起訴前の者(以下「被疑者」といいます。)は、被告人とは異なり、国選弁護人の選任される要件は限定されているため、私選弁護人を選任していない限りは弁護人のない状態となりますから、このような弁護人のいない被疑者は相当数存在することになります。

しかし、刑事事件における弁護士の弁護活動は、あらゆる被疑者について同様に重要ですから、弁護人のいない被疑者の存在は可能な限り避けたいものとなります。

この点、たとえば、近時、被疑者の国選弁護制度は、勾留されたすべての被疑者を対象とする旨改正され、まもなく、そのような形での被疑者国選弁護は実施される予定となっています。

とはいえ、被疑者の国選弁護は、勾留を要件としているため、逮捕中の被疑者には、私選弁護人を選任していない限り、やはり弁護人はいません。

このような問題点を改善する制度の1つとして、当番弁護士という制度があります。

以下、当番弁護士制度の具体的内容、その存在理由等について、当番弁護士制度の全国実施の推進の中心的役割を果たした日本弁護士連合会(以下「日弁連」といいます)刑事弁護センターの存在にも触れながら解説します。

2.日弁連刑事弁護センターの概要

日弁連刑事弁護センターは、1990年、絶望的とまで評された日本の刑事手続を抜本的に改革するため、当番弁護士制度の全国実施を推進し、その実績を裏付けとして、被疑者国選弁護制度を実現するなど、被疑者・被告人の権利の保障のため、刑事手続の改革・改善、刑事弁護態勢の人的・物的充実及び刑事弁護技術の向上を目指して、情報の提供、調査研究、様々な研修を行うほか、改革のための運動を展開している組織です。

3.当番弁護士制度とは

(1) 概要

当番弁護士制度とは、全国各地の弁護士会が運営主体となり、事前に担当の当番弁護士を決定して、適宜、被疑者等の依頼により、被疑者の留置・勾留されている場所に当該担当弁護士を派遣させ、無料で面会の上、相談に応じる制度です。

当番弁護士制度は、その歴史は古く、いまだ被疑者国選弁護人制度の創設されていなかった1990年、被疑者弁護の充実化と被疑者国選弁護人制度創設の足掛かりとして、弁護士会が独自に始めたものです。

【参考】当番弁護士の仕組み〜国選弁護人、私選弁護人との違いは?

(2) 当番弁護士の依頼から派遣までの流れ

各弁護士会において多少の差異はあるものの、当番弁護士の依頼から派遣までの流れは概ね以下のとおりです。

まずは、当番弁護士の派遣依頼に始まります。当番弁護士の派遣の依頼は、被疑者本人はもちろん、その家族や友人でも可能です。

次に、派遣依頼は、電話を通じて各弁護士会に伝わり、依頼を受けた弁護士会は担当の当番弁護士に連絡して出動を要請します。

そして、出動の要請を受けた担当の当番弁護士は、できる限り、依頼日当日に、被疑者の留置・勾留されている場所に赴き、接見の上、相談に応じます。

なお、弁護士会の休みの日には、留守電を利用して、適宜、平時と同様の形で派遣依頼に応じる体制が構築されています。

当番弁護士依頼の流れ

(3) 当番弁護士と私選弁護人の相違点

当番弁護士は、あくまでも弁護人になろうとする者として、原則1回、無料で被疑者と接見して相談に応じる弁護士です。

しかし、当番弁護士は、弁護人になろうとする者である以上、当番弁護士として出動した際に行う活動は、基本的に私選弁護人と同様です。すなわち、当番弁護士は、被疑事実についての認否、事件に関する認識、生活状況などの聴取、今後の刑事手続の流れの説明、最終的な処分の見通しなどの説明、黙秘権等の刑事手続において認められている権利の説明等を行うことになります。

また、当番弁護士と接見後、その当番弁護士を私選弁護人として選任することが可能です。

なお、この場合、私選弁護人の費用の捻出が困難な場合には、弁護士会の援助により費用負担を軽減する制度もあります。

(4) 当番弁護士制度の運用の実際

2015年の時点において、当番弁護士登録数は16,840人であり、登録率は46%、当番弁護士受付件数は50,705件、当番弁護から受任した件数は22,858件であり受任率は49%となっています。

4.当番弁護士制度創設の背景

1990年の日弁連刑事弁護センターの創設、そして、その後の当番弁護士制度の全国的推進の背景には、その当時、「刑事弁護は死んだ」と言われるほど、弁護士の刑事弁護の役割は機能不全に陥っていたという問題が存在しています。

(1) 人質司法の問題

この「刑事弁護は死んだ」という言葉は、当時の刑事司法に存在した種々の問題を含むものですが、そのうちの1つとして「人質司法」の問題がありました。

人質司法」という言葉は、要するに、無罪を主張する被疑者につき、簡単に身柄の拘束を認め、被疑者を留置場などの社会から隔絶した閉鎖空間に置き、かつ、味方のいない孤立無援の状態とした上、とにかく自白を引き出すことを目的とした取調べ重視の捜査手法のことをいいます。

このような身柄拘束下における自白偏重の捜査は、被疑者に虚偽の自白をさせ、結果、冤罪につながるという刑事手続において最も忌避すべき結果を生み出す温床になるとして問題視されたのです。

なお、人質司法という言葉は狭い意味では無罪を主張する被疑者を前提としていますが、罪を認めている被疑者でも情状に関する不利な事実の自白を強要されることもありますから、ここでは、そのような広い意味で人質司法には問題があると理解して下さい。

(2) 人質司法改善のための当番弁護士制度

それでは、どのような理由から、当番弁護士制度の存在は、この人質司法の問題点を改善することにつながるのでしょうか。

まず、当番弁護士の意義は、何より、被疑者が逮捕直後の早い段階から自分の味方となる弁護士と話をすることができるところに意味があります。

これにより、被疑者は、孤立無援ではないことを知り、そして弁護士から自身の刑事手続上の権利や手続の流れ等を説明してもらえるため、多少なりとも精神的安定を得られることになるのです。

次に、当番弁護士制度を利用して被疑者が弁護士と接触することは、弁護人の意義と必要性を早期に理解することにつながり、私選弁護人を選任することのきっかけとなり得ます。

事実、先に示しましたとおり、当番弁護士が接見後に受任した数は半数近くに上っています。

そして、被疑者に弁護人が選任されることは、早期の身柄の解放、違法捜査の抑止など人質司法の問題点を解消することに資する適切な弁護活動が早い段階から可能となることを意味するのです。

5.最後に

刑事事件は、弁護士の多面な素養を問われる難しい事件です。刑事手続に関する法令の知識、その実務的知識・経験はもとより、国家権力である捜査機関、これに対立する被疑者・被告人、更には被害者のすべてと適切なコミュニケーションを図る能力を求められます。

昨今、日弁連刑事弁護センターの尽力等の甲斐あり、日本の刑事司法制度は改善されてきており、それ自体は歓迎すべきものですが、そうした制度自体は、それを適切に実践する弁護士の存在により、はじめて本当の意義を発揮します。

ですから、もし、自分自身や家族が刑事事件に巻き込まれたときには、どの弁護士でも同じだと思わず、経験豊富な刑事弁護に精通している弁護士や、刑事弁護に対して熱意を持って取り組んでくれる弁護士を弁護人として選任しましょう。

泉総合法律事務所は、刑事事件に強い弁護士が多数在籍している刑事弁護に強い弁護士事務所です。

経験豊富な弁護士が様々な刑事事件について全力で弁護活動を行なっており、その実績も豊富となっております。初回相談は無料で行なっておりますので、刑事弁護に精通している弁護士をお探しの方は是非一度泉総合法律事務所にご連絡ください。

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