ピック病で痴漢・万引き!?認知症の方の刑事弁護と裁判判例
【この記事を読んでわかる事】
- 人格が変わる、犯罪を起こすようになる「ピック病」とは?
- ピック病(認知症)の人が刑事事件を起こした場合の刑罰はどうなる?
- 心神喪失、心神耗弱の場合、弁護士はどのような弁護活動をしてくれる?
皆さんは「ピック病」という認知症をご存知でしょうか。
ピック病になると、ある日突然怒りっぽくなったり、人格形成が変わってしまったりすると言われています。また、社会的なルールに従わなくなるため、暴力事件、セクハラ(痴漢)、万引き、他人の家に侵入するなどの反社会的な問題行動を躊躇なく取ることが増えるとも言われています。
このような症状は、ピック病に見られる特徴的な症状とされています。
では、ピック病が原因で犯罪を起こしてしまったときの弁護はどうなるのでしょうか。
以下においては、前頭側頭型認知症(ピック病)とは、ピック病(ないしその疑い)の人が犯罪を犯した場合の裁判例、ピック病が疑われる場合の刑事弁護などについて、解説することとします。
1.前頭側頭型認知症(ピック病)とは
(1) ピック病の特徴
ピック病は、前頭葉と側頭葉が強く委縮するために特異な症状を引き起こす進行性の認知症です。
ピック病は、若年性アルツハイマー病と同じく、40~60代と比較的若い世代が発症する「初老期認知症」の代表的疾患です。
(2) ピック病の症状
ピック病は、アルツハイマー型認知症のような物忘れ(記憶障害)や時間・場所・人の状況の認識ができなくなる症状(見当識障害)が表れず、外見上は全く問題がないように見えますので、認知症だと気づかれにくいと言われています。
しかし、人の行動を決定する司令塔の前頭葉と、言葉の理解や判断、感情などをコントロールする側頭葉がうまく機能せず、本能の赴くままに行動する傾向があり、対人的・社会的なトラブルを引き起こしやすいとされています。
ピック病の特徴的な症状は「人格の変化」です。ピック病では、怒りっぽくなったり、他人を思いやる気持ちがなくなったり、善悪の判断をつけることができなくなります。
その結果、暴力や万引き、痴漢などの反社会的な行動を躊躇なく取ることになります。性格や行動に異変を感じたら要注意と言えます。
高齢者が、今までとは明らかに違う、上記のような問題行動を取るようになったら、ピック病という認知症のひとつの病気である可能性があるのです。
ピック病の特徴的な症状としては、下記のような症状が挙げられます。
- 人格障害(温和だった人が怒りっぽくなったり、粗暴になったりするなど、今まで見られなかったような人格になります)
- 時刻表的行動(散歩や食事、入浴などの行為を毎日決まった時間に行います)
- 常同行動(徘徊ではなく同じコースをひたすら歩く「周徊」、紙に同じ文字を書き続ける「同語の反復書字」、絶えず膝を手でこすり続けたり、手をパチパチと叩いたりする、というような同じ行為を繰り返します)
- 反響言語(相手の言葉をそのままオウム返しに応えます)
- 病識の欠如(病初期より病気の自覚が欠如しています)
- 無関心(周囲の出来事に無関心になったり、身だしなみに気を使わず不潔になったりします)
- 反社会的行為(暴力、万引き、無銭飲食、痴漢、放尿、交通違反、他人の家に勝手にあがるなど、本能や気分の赴くまま振舞いますが、反省したり説明したりできず、同じ行為を繰り返します)
- 自発性・意欲の低下(家事、入浴、散髪、歯みがき、着替えをしなくなったり、新聞や雑誌を読まなくなったり、質問に対して真剣に答えず、すぐに「分からない」などと即答するようになります)
- 易刺激性(相手のしぐさ、表情の真似をしたり、目に見える看板や張り紙を大声で読んだりします)
- 食行動の異常(食欲の増加がみられ、チョコレートやジュースなど甘いものを毎日多量に飲食するようになります)
2.ピック病が疑われる場合の刑事弁護
(1) 被疑者段階の場合
弁護士が、被疑者との接見や家族からの情報の中で「ピック病の影響により被疑者が犯行に及んだ可能性がある」と考えた場合には、犯行当時、責任能力がない(心神喪失)ないし限定責任能力である(心神耗弱)ことを理由に、不起訴処分、あるいはその他の情状を考慮した起訴猶予処分を主張することになります。
そして、その前提として、弁護士は、被疑者がピック病に罹患していたことやその影響により犯行に及んだ可能性を示す証拠を収集したり、文献や裁判例の調査に加え、被疑者の具体的な病状について、精神科医と相談したりしながら、弁護方針を検討していくことになります。
(2) 鑑定書がある場合
弁護士は、鑑定書を前提にした弁護活動を行うのか、鑑定書の信用性を争うのかについて検討しなければなりません。
前者の場合は、鑑定意見を前提に、量刑事情として、ピック病が犯行に与えた影響を主張することになります。
後者の場合は、鑑定内容の信用性を争うことになりますので、精神科医に対する反対尋問を効果的に行うための準備が必要になります。
また、裁判の推移によっては、弁護士の方から、再鑑定の請求、被告人に有利となる精神科医の証人申請や意見書の提出を検討すべきことになります。
(3) 鑑定書がない場合
被告人が、ピック病の影響により犯行に及んだと疑われる場合には、弁護士としては、その旨の主張をするとともに、精神鑑定の請求をすることになります。
そして、心神喪失又は心神耗弱を認めてもらえるように弁護活動を行います。
(4) 再犯防止策の主張
残念なことに、ピック病の有効な治療手段は見つかっていません。
しかし、家族が監督を行い、再犯を防止する姿勢を示すことも、量刑に関する情状として大切なことになります。
3.ピック病(ないしその疑い)の人が罪を犯した場合の裁判例
(1) 心神喪失事例
○大阪地判平29.3.22(LEX/DB文献番号25546119)
【事案の概要】
被告人(当時70歳)が、直近前科(万引き窃盗)の懲役刑の執行猶予期間中に、商店街の店舗において漬物2点(被害額500円)を両手でつかみ、代金を払わないまま自転車に乗って走り去ったという事案です。
なお、被告人は、本件犯行前に中等度ないし軽度の認知症と診断されており、直近前科の判決後も、家族が知る限りでも3回食料品を万引きして店員に見つかり、家族が買取りをして事件化されずに済んでいました。
被告人の犯行時の責任能力について、検察官は完全責任能力を主張したのに対し、弁護人は被告人は中等度から重度の前頭側頭葉型認知症により買い物をして帰宅するという過去の習慣化された行動の一環としてなされたものであって心神喪失の状態にあったと主張しました。
【判決】
鑑定書に依拠して、被告人は一見店主と分かる人物の目前で犯行に及ぶという万引き犯人として不自然な行動に及んでいること、被告人の認識内容について、検察官が依拠する被告人の供述は認知症の影響ゆえに事後の作話の可能性があり信用性に乏しく、犯行時の記憶が再現できないことなどから、
「本件当日の被告人の行動は、認知症の影響を考慮しないと合理的な説明ができず、同認知症が発症した可能性のある時期以前の被告人には本件のような万引き等の問題行動はみられず、発症の前後で明らかな懸隔が認められることも併せみると、本件当時の被告人につき、事理弁識能力ないし行動制御能力が著しく減弱していたのはもとより、これらの能力を欠いていた疑いは合理的に否定できない」
と判示して、被告人に無罪を言い渡しました(求刑・懲役10月)。
(2) 心神耗弱事例
①横浜地判平27.10.15(LLI/DB判例番号L07050713)
【事案の概要】
被告人が、万引き(被害点数32点、被害額4798円)をしたという事案です。
被告人は、犯行時、前頭側頭型認知症に罹患していました。
【判決】
鑑定結果を前提に、被告人は本件犯行当時、善悪の判断は可能であり、事理弁識能力は著しく減退してはいなかったと認められるとしましたが、行動制御能力については、
「被告人の安定した経済状況等からすれば、認知症の影響により物を欲しいという欲求のためにその手段として窃盗という行動に至る過程については、やや飛躍があるといわざるを得ず、被告人が前頭側頭型認知症のため欲求を自制することが困難な状態になっていたということを考慮して初めて合理的な説明が可能といえる」とし、「本件犯行当時、被告人の行動制御能力が完全に失われていたということまではいうことができず、著しく減退していたものと認めるのが相当である」
と判示して、被告人に懲役8月執行猶予2年を言い渡しました(求刑・懲役1年)。
②名古屋地判平28.3.16(LEX/DB文献番号25544236)
【事案の概要】
被告人が、自転車で走行中の被害者に対し、背後から走って近づき、強いてわいせつな行為を行って安静加療約8日間を要する見込みの傷害を負わせ、さらに警察官の取調べを受けた際、警察官に対し、暴行を加えて職務の執行を妨害するなどしたという事案です。
被告人は、犯行時、前頭側頭型認知症に罹患していました。
【判決】
被告人の責任能力について
「もっとも、被告人においても、一般的に犯罪を行うことが違法であることは理解している上、・・・、行動自体の合理的性と一貫性は大きく損なわれておらず、・・・被告人の記憶も保持されていることなどからすると、自己の行動の是非善悪を弁識する能力については、やや減弱していたことは否めないものの、著しく低下していなかったものと判断できる」としながらも、「社会的な対人行動の障害、自己行動の制御障害及び情意鈍麻等の特徴を示す前頭側頭型認知症の精神障害により、性的欲求等に対する衝動コントロールが不良となり、易怒性等も影響し、自らの行動を制御する能力が著しく低下した結果、本件各犯行に及んだものと認められる」
と判示して、被告人に懲役3年執行猶予5年を言い渡しました(求刑・懲役5年)。
(3) 完全責任能力事例
①東京高判平20.5.15(判時2019・127)
【事案の概要】
被告人(48歳女性)が、かつての交際相手に会えないうっぷんを晴らそうと、3日間のうちに客や従業員が多数いる大型ディスカウントショップ及びスーパーマーケット4店に対し、7回にわたって放火し、うち6件は未遂にとどまったが、1件は店舗を全焼させ、さらに3店舗において火事騒ぎに乗じて商品を窃取したという事案です。
被告人は、犯行時、初老期の前頭側頭型認知症に罹患していた疑いがありました。
原審において実施された精神鑑定を担当した医師は、犯行時の被告人の精神状態について、金づちや軍手を持参するなど合目的的行動を取っており、犯行直後、現場に臨場した医師の問いかけに適切的確に応答しその指示に従って行動するなど、行動の抑制や見当識が保たれており被告人に意識障害はなかったこと、脳の萎縮による認知機能の低下は著しく責任能力が低下するほどに影響するものではないと証言し、裁判所もその証言は十分信用できるとして被告人に完全責任能力を認めました。
なお、精神鑑定の検査として施行されたCTスキャンでは、年齢不相応の前頭葉・側頭葉の萎縮が認められ、臨床経過と併せ、前頭側頭型認知症の初期が疑われました。
これらを受けて鑑定主文には、「被告人には認知機能の低下があり、本件各犯行にはその影響があった」「この認知機能低下は、被告人の脳の萎縮と関連している」「この脳の萎縮の原因としては、前頭側頭型認知症が考えられるが、現時点では確定できない」等と記載され、さらに、完全責任能力を示唆する意見が付記されていました。
これに対し弁護人は、被告人はピック病による初老期認知症であった可能性が高く、責任能力への影響があったのに、「脳の萎縮が老化ではなく病的なものである点を軽視しすぎており、病気で脳の萎縮が進んだ者に対し、通常人と同様の責任非難を問うもので、責任能力に関する判断を誤っている」として控訴しました。
【判決】
被告人の性格変化の経緯や原審における精神鑑定の結果及び証言を検討した上で、
「鑑定結果並びに被告人が本件各犯行に及んだ経緯、動機、被害店舗や犯行場所の選択及び犯行の準備状況等に照らすと、本件各犯行当時、脳の萎縮により被告人の判断能力及び制御能力が低下していた可能性は否定できないものの、是非善悪を判断し、その判断に従って行動を制御する能力が著しく障害されていた疑いはない」
と判示して、被告人に無期懲役を言い渡しました(上告棄却)。
②大阪高判平26.3.18(LLI/DB判例番号L06920124)
【事案の概要】
被告人が、窃盗罪で執行猶予期間中に、スーパーマーケットで食料品4点を万引きしたという事案です。
原審が懲役7月の実刑に処したのに対し、被告人が控訴したものです。
【判決】
被告人は前頭側頭型認知症に罹患していた点を量刑上被告人に有利に考慮するのが相当であること、本件発覚後は、被告人の再発防止のための環境や監護体制が格段に整っていることなどを理由として、
「原判決の量刑は、刑の執行を再度猶予しなかった点において、重すぎるといわざるを得ない」
と判示して、被告人に懲役10月保護観察付執行猶予4年を言い渡しました(求刑・懲役10月)。
③岐阜地判平26.12.17(LEX/DB文献番号25505660)
【事案の概要】
被告人が、同居していた被害者(内縁の夫)から理不尽な要求を受けていたことと、2年近くにわたる抑圧された生活の中で蓄積されたストレスが相まって強い怒りを爆発させ、自宅において殺意をもって被害者の腹部や胸部を包丁で突き刺し、よって失血死させたという事案です。
被告人は、犯行当時、前頭側頭型認知症に罹患していました。
【判決】
被告人の責任能力の程度について、弁識能力に関しては、被告人は本件犯行後、救急車を呼ぶことも直ちに警察に連絡することもなく、葬儀場の従業員や知人などにも被告人自身が被害者を刺したことを隠すような言動をするなどしており、このような被告人の犯行後の言動は、自分のした行為が悪いことであると分かっていたからこそ行われていたものというべきであって、善悪を判断する能力に前頭側頭型認知症の影響があったとは認められないとしました。
また、制御能力に関しても、犯行前の経緯からすれば、被告人が被害者に対して怒りを爆発させ殺意を抱くことも十分理解できるものであるし、本件犯行は被告人の性格等から考えられる行動としてもその想定から大きく逸脱するものではないが、他方で、これまで反抗しなかった被告人が鋭利な包丁で被害者の胸部等を突き刺す行為にまで及んだ背景には、前頭側頭型認知症の症状としての抑制力の低下が一定程度影響していたとも考えられるとしました。
そして、結論として、
「本件犯行当時、被告人の善悪を判断する能力は損なわれていなかった上、行動をコントロールする能力については、前頭側頭型認知症の影響により限定的ながらも損なわれていたものの、その程度は著しくなく、被告人は、完全責任能力を有していたと認められる」
としました。
しかし、量刑に関して、本件犯行当時、被告人は前頭側頭型認知症の影響により自己の行為を制御する能力が低下していたと認められる上、衝動的な行動に出やすくなっていた可能性を考慮し、被告人に対する非難の程度は、前頭側頭型認知症の影響をも踏まえて評価すべきであるとして、被告人に懲役5年6月を言い渡しました(求刑・懲役10年)。
④東京高判平27.11.10(LLI/DB判例番号L07020584)
【事案の概要】
被告人(当時68歳)が、万引きの前科で執行猶予期間中に、スーパーマーケットで菓子1箱(600円相当)を手にしたかと思うと、すぐに手提げバッグの中に入れて窃取したという事案です。
被告人は、懲役7月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるとして控訴しました。
高裁において取り調べた精神科医の意見書では、被告人には前頭側頭型認知症が示唆され、これらの疾病性が本件犯行に影響を及ぼしているとされましたが、原判決時においては、被告人に病識がなく家族も気づいていませんでした。
【判決】
「本件犯行は、前頭側頭型認知症による疾病性に影響され、行動制御能力がある程度低下していた下で行われたものと考えられる。このような犯行の態様や結果、疾病性の影響からすれば、執行猶予中の同種犯行であるから、直ちに実刑が避けられないとみるべきではなく、・・・、その情状に特に酌量すべきものがあると認められる」
と判示して原判決を破棄し、被告人に懲役7月保護観察付執行猶予4年を言い渡しました。
(4) その他
○高松高判平28.6.21(高等裁判所刑事裁判速報集平成28年293頁)
【事案の概要】
被告人が、万引き(被害点数4点、被害額1160円)をしたという事案です。
弁護人が依頼した専門医が意見書において、「被告人は、犯行当時、前頭側頭型認知症に罹患し、弁識制御能力をほぼ喪失していたか、著しく障害されていた可能性があり、責任能力の有無及び程度を明らかにするためには、正式な精神鑑定の必要がある」旨を述べていたにもかかわらず、原審は、鑑定請求を却下して実施せず、あるいはそれに準ずる方法によって精神医学上の専門的見解を求めませんでした。
【判決】
原審が、鑑定請求を却下して実施せず、あるいはそれに準ずる方法によって精神医学上の専門的見解を求めなかった訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があるとして、原判決を破棄・差し戻しました。
4.まとめ
刑事事件は自分とは無関係だと思っていても、ピック病になった家族が、ふとした時に犯罪を犯してしまう可能性があります。
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