裁判員裁判の弁護活動について

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裁判員裁判の対象事件

裁判員裁判は、すべての刑事事件が対象になるわけではありません。裁判員裁判の対象事件は、法で定められた重大事件に限定されています。

具体的には、殺人、強盗致死傷、傷害致死、現住建造物等放火、身代金目的誘拐、危険運転致死、保護責任者遺棄致死などです。
ただし、裁判員に対して危害が及ぶおそれがある暴力団関連事件等については、対象から除外される場合もあります。

裁判員裁判の特徴

合議体の構成が違う

通常の刑事事件では、法律の専門家である裁判官3人または1人が証拠を取り調べて事実を認定し、判決を下します。
一方、裁判員裁判では、裁判官3人に加えて、国民の中から選ばれた裁判員6名が審理に加わります。裁判員は、証拠から事実があったかなかったかを判断し(事実認定)、そして犯罪行為があるとすれば、どのくらいの刑を科すのが相当か(量刑)を、裁判官と共に評議して決定します。

事前準備を前提とした集中審理が行われる

裁判員裁判では、冒頭手続から判決まで連日公判が開かれ、短い事件では3日で、複雑な事件でも2週間ほどで全ての審理が終わり、判決が下されます。
このようなスピード審理を可能にするためには、事前に弁護人、検察官、裁判所の三者間においてどのような争点があるのかを確認し、審理スケジュールを立てておくことが不可欠です。そのため、裁判員裁判では、事前に“公判前整理手続”を行うことが義務付けられています。

公判前整理手続では、検察官が証拠として請求する予定の証拠以外の証拠も含めた開示がなされます。
そして、検察官・弁護人が互いに主張を出し合い、何が裁判上争点になるのか、どのような証拠により立証するのかを吟味して、それぞれの証拠調べに何分かかるかというところまで、詳細に決められた審理スケジュールを立てます。

弁護人も冒頭陳述を行う

刑事裁判では、証拠調手続の冒頭に、“今回の裁判でどのような事実を証明していくのか”について、検察官が述べます。(これを冒頭陳述、と言います)
裁判員裁判以外の事件においては、弁護人が冒頭陳述をするか否かは任意ですが、裁判員裁判においては弁護人にも冒頭陳述をすることが義務付けられています。

目で見て耳で聞いて分かる裁判

裁判員裁判以外の事件では、証拠書面についてはその一部だけを法廷で朗読すれば足ります。と言うのも、のちほど裁判官が部屋に戻ってじっくり証拠書面を読み、事実認定がなされるからです。(これを、調書裁判といいます。)
そのため、必ずしも分かりやすく、まとまった書面が提出されるとはかぎりません。裁判官が時間をかけて読むことを前提に、分かりにくい、膨大な数の書面が提出されるため、審理が遅延することも少なくありません。

これに対し裁判員裁判では、証人の言葉が記載された供述調書ではなく、証人を法廷に呼び、直接証人から話を聞いて事実を判断することになります。
裁判員の目の前で証人の認識した事実を語ってもらい、それが信用できるのかどうか、耳で聞き、目で見て判断することになります。証人として尋問を行わなかった事件関係者の供述調書や、捜査の結果を報告した書面等の取調べについても、原則として法廷で書面の全文朗読が行われます。

書面自体は裁判所に提出されるものの、裁判員が書面を精読する時間はありません。つまり、1回で内容が理解できるような形で書面の朗読を行う必要があるのです。そのため、裁判員裁判においては、大幅な証拠のスリム化が図られています。
また、証拠に添付された写真などについては、法廷備え付けのモニターに映し出され、説明が加えられます。パワーポイント等を使った説明もしばしば行われています。

このように、一般市民が目で見て耳で聞いて理解し、常識に沿った形で、事実の有無や刑の重さを判断することができるように工夫されています。

裁判員裁判での弁護活動で気を付けるべきこと“4つ”

一回勝負の裁判

上で述べた通り、裁判員裁判においては、限られた日数の中で一気に審理が行われるため、“書面を提出して裁判官室でじっくり判断してもらう”という、これまでの刑事裁判の手法は通用しません。いわば「一回勝負」の裁判になります。
そのため、証拠調べにおいて書面を朗読する際には、内容の分かりやすさはもちろん、同音異義語や専門用語などに気をつけながら、聞き取りやすく朗読する必要があります。
また、原則として公判前整理手続で請求している証拠以外の証拠を追加提出することが認められないため、裁判の冒頭の段階で弁護方針が確立している必要があります。
そのため、事前の公判前整理手続を通じて検察官の立証構造を正確に把握すると同時に、弁護人側の「ケース・セオリー」(裁判員に事件の実像を正確に把握してもらうために、事件を説明すること。すべての証拠を矛盾なく説明できることがポイント。)を確立し、一貫した弁護方針に基づき主張・立証を行わなければなりません。

法律概念の説明

刑事裁判では、「殺意」「正当防衛」「責任能力」「共謀」などの法律概念がしばしば登場します。これまでは、法律に精通した裁判官のみが判断者でしたから、当然このような法律概念について説明する必要はありませんでした。
しかし、裁判員裁判においてはこれら法律概念について、分かりやすい言葉に置き換えて説明を行なったうえで、証拠を提示しなければなりません。たとえば、「殺意」についてであれば、凶器が包丁だった場合とトンカチだった場合にどのような差があるか、胸を刺すのと足を刺すのにどのような違いがあるか、刺したあと自ら救急車を呼んだことをどのように評価するべきか、などについて「殺意」の根本に立ち返った説明が求められます。

公判前整理手続を使いこなす

上で述べた通り、裁判員裁判では連日開廷による集中審理の準備のために公判前整理手続が行われ、争点と証拠の整理が行われます。
公判前整理手続では、検察官の請求予定証拠だけでなく、検察官請求証拠の証明力を判断するための一定類型の証拠(類型証拠)、さらには弁護人がする予定の主張に関連する証拠(主張関連証拠)についても検察官から開示を受けることができます。
弁護人としては、“検察官がどのような証拠構造で事件を立証しようとしているのか”を把握しなくてはいけません。

また、“他にどのような証拠が検察官の手持ち証拠として存在するか”という点について、犯罪類型ごとに想像力を働かせながら開示請求を行います。そして、開示された証拠を精査して各証拠の信用性を吟味し、公判に備える必要があります。

証人尋問における対応

もっとも難しいのが証人尋問です。起訴された犯罪事実を認めている事件であっても、ただ「反省している」「考えが甘かった」などの抽象的な言葉を述べるだけでは、裁判員に被告人の反省の気持ちを伝えることはできません。
したがって、被告人自身の言葉で、“自らが犯した犯罪行為によって、被害者に与えたダメージや、今後の自分の更生”について語らなければなりません。

また、起訴された犯罪事実を否認している事件では、検察官が請求する証人の証言の信用性を徹底的に争う必要があります。証言が客観的な証拠と矛盾している点や、不自然・不合理な点について、その証人尋問を1回聞くだけで分かるような形で尋問を行わなければなりません。結局何が聞きたいのか分からない尋問では、決して裁判員には伝わりません。
そのためも、尋問のリハーサルを行い、別の弁護士に客観的な視点からアドバイスをもらうなど、徹底的な準備が必要になるのです。