刑事事件の公訴時効とは?一部事件の時効が撤廃された理由
刑事訴訟法337条4号は、「時効が完成したとき」には、判決で「免訴」の言渡しをしなければならないと定めています。
裁判所が犯罪事実の有無を判断しないまま、訴訟を打ち切るのが「免訴」です。
免訴となる原因には、例えば、起訴された事件が過去に確定判決を受けていた事件であることが明らかになったとき(刑訴法337条1号)や、行為時には犯罪とされていたけれど、その後法律が改正されて、その行為を犯罪とする法律が廃止されたとき(同条2号)などがあります。
刑事事件における「公訴時効の完成」も、免訴事由のひとつであり、検察官が起訴した事件が、すでに時効が完成している事件(時効期間が満了している事件)であることが判明したときには、裁判所は免訴判決によって「門前払い」することになるのです。
これを公訴時効制度といいます。
公訴時効制度は、ここ20年で2回の改正がされています。
以下においては、改正の内容も含めて、この公訴時効制度について解説します。
1.公訴時効制度の存在理由
公訴時効制度の趣旨(存在理由)については様々な説が唱えられています。
- イ説:時の経過により犯罪の社会的影響が弱まり可罰性が消滅するという考え方
- ロ説:証拠の散逸により公正な裁判が不可能となるからという考え方
- ハ説:イとロの両方とも理由であるとする考え方
- 二説:一定の期間、訴追されていない事実状態を尊重し、被告人の地位の安定を図る制度という考え方
最高裁は、平成27年12月3日判決で、「公訴時効制度の趣旨は、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。」と判示しています。
ただ、公訴時効が「処罰の必要性」と「法的安定性の調和」を図る制度であることは、どの考え方からも異論はありませんし、この事案は公訴時効の制度理由が正面から問題となった事案ではないので、最高裁の立場は不明です。
そもそも、公訴時効による利益を受ける可能性があるのは、真犯人だけでなく、冤罪に巻き込まれた無辜の市民も含まれるのですから、単一の理由だけで制度理由を説明することには無理があり、多面的な理由に基づくと理解すれば足ります。
2.公訴時効期間と近年の法改正
(1) 公訴時効期間の変遷
公訴時効期間を定めているのは、刑訴法250条ですが、同規定は最近2度にわたり重要な改正を経ています。
1度目の平成16(2004)年には、公訴時効期間の延長を内容とする改正がなされ、その結果、死刑に当たる罪については15年であったのが25年に延長されるなどしました。
しかし、殺人事件などの遺族の方々からは、「自分の家族が殺されたのに、一定の期間が経過したからといって犯人が無罪放免になるのは、とても納得できない。殺人罪などについては公訴時効を見直してもらいたい。」という声が高まりました。
そこで、法務省では、公訴時効の趣旨や法律を見直すとした場合の理論的問題、外国の制度や国民の意識の動向など様々な調査を行い、法制審議会での調査・審議を経て、殺人罪などの一定の犯罪について、公訴時効を廃止したり、公訴時効期間を延長したりする法案を国会に提出したのです。
(1) 現在の公訴時効期間
その後、国会における審議を経て、平成22(2010)年改正では、それまでの公訴時効期間が犯罪の法定刑の重さだけに応じて定められていたのに対し、「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」については特別の定めをし、時効制度の内容に大幅な変更がなされました。
例えば、「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」のうち、殺人罪(刑法199条)、強盗致死(殺人)罪(刑法240条)、強盗・強制性交等致死罪、(刑法241条3項)爆発物使用罪(爆発物取締罰則1条)など、「人を死亡させた罪」のうち、法定刑の上限が「死刑に当たるもの」については、公訴時効は廃止されました。
これにより、犯罪行為の時からどれだけ時間が経過しても、犯人を起訴することができるようになったのです。
また、以下のような延長もされました。
- 「人を死亡させた罪」のうち、強制わいせつ致死罪(刑法181条1項、176条)、強制性交等致傷罪(刑法241条1項)など法定刑の上限が「無期の懲役又は禁錮に当たる罪」については、公訴時効期間が30年
- 「人を死亡させた罪」のうち、傷害致死罪(刑法205条)、危険運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条)など法定刑の上限が「長期20年の懲役又は禁錮に当たる罪」については、公訴時効期間が20年
- 「人を死亡させた罪」のうち、上記以外の罪で、業務上過失致死罪(刑法211条)、過失運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条)など法定刑の上限が「懲役又は禁錮に当たる罪」については、公訴時効期間が10年
これにより、従来であれば犯人の処罰を諦めなければならなかった時期を過ぎても、犯人を起訴することができるようになったのです。
人を死亡させた罪で死刑に当たるものについて、公訴時効が廃止された理由については「この種の凶悪・重大事犯においては、一般に時の経過による国民の処罰感情の希薄化の度合いや事実状態の尊重の必要性が低いため、一定の時間の経過により一律に訴追・処罰の可能性を失わせてしまうことは適当でないと考えられるため」と説明されています。
要するに、何年経とうと殺人犯は処罰されるべきであり、たとえ犯人が長年平穏に暮らして来ようと、その事実を尊重する必要など全くないと考えるのが、大方の日本人だという認識です。
また科学的捜査手法が発達した今日では、時の経過による証拠の散逸で公正な裁判が害されるというリスクも相当低下していることも改正を支持する理由のひとつです。
なお、平成22(2010)年の改正法は、上記のような「人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもの」が、同改正法の施行日[平成22(2010)年4月27日]の前に犯されたものであっても、その施行の際に公訴時効が完成していないのであれば、同改正後の公訴時効に関する規定が適用されます。
刑事事件における時効には、公訴時効の他に「刑の時効」があります。
刑の時効とは、死刑を除く刑の言渡しが確定した後、例えば、被告人が逃亡するなどして、その刑の執行がされないまま、法律の定める期間が経過すれば、刑罰権が消滅することをいいます(刑法31条~34条参照)。すなわち、刑(死刑を除きます)の言渡しを受け、それが確定した者であっても、刑の時効によりその執行の免除を得るのです(刑法31条)。
公訴時効とは違い、公訴が提起されて有罪判決が確定したことが前提となっていますが、この制度も長期間の経過による社会の処罰感情の希薄化を趣旨とすると説明されており、公訴時効と性格が共通する制度と理解されています(大塚仁「刑法概説(総論)第4版」有斐閣・590頁)。
3.公訴時効期間の一覧と該当する主な罪名
罪の種類(人を死亡させた罪で禁固以上の刑に当たるもの) | 公訴時効期間 | 主な罪名(刑法) |
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① 死刑に当たるもの | 公訴時効廃止 | 殺人罪(199)、強盗殺人罪(240) |
② 無期の懲役又は禁錮に当たる罪 | 30年 | 強制わいせつ致死罪(181Ⅰ) |
③ 長期20年の懲役又は禁錮に当たる罪 | 20年 | 傷害致死罪(205)、危険運転致死罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条) |
④ ②③以外の懲役又は禁錮に当たる罪 | 10年 | 業務上過失致死罪(211) |
罪の種類(人を死亡させた罪で禁固以上の刑に当たるもの以外) | 公訴時効期間 | 主な罪名 |
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① 死刑に当たる罪 | 25年 | 外患誘致罪(81)、現住建造物等放火罪(108) |
② 無期の懲役又は禁錮に当たる罪 | 15年 | 通貨偽造罪(148Ⅰ)、強制わいせつ致傷罪(181Ⅰ)、強盗致傷罪(240) |
③ 長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪 | 10年 | 傷害罪(204)、強盗罪(236) |
④ 長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪 | 7年 | 窃盗罪(235)、詐欺罪(246)、業務上横領罪(253) |
⑤ 長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪 | 5年 | 横領罪(252Ⅰ) |
⑥ 長期5年未満の懲役・禁錮又は罰金に当たる罪 | 3年 | 公務執行妨害罪(95Ⅰ)、暴行罪(208)、過失致死罪(210) |
⑦ 拘留又は科料に当たる罪 | 1年 | 侮辱罪(231) |
以上の罪が、主な例です。
なお、2つ以上の主刑を併科すべき罪(例、懲役刑と罰金刑の両方を科される盗品等有償譲受け罪・刑法256条2項)、又は2つ以上の主刑中その1つを科すべき罪(例、懲役刑か罰金刑のどちらかを選択する傷害罪・刑法204条)については、その重い方の刑に従って公訴時効が適用されます(刑訴法251条)。
また、刑法により刑を加重減軽すべき場合には、加重減軽しない刑に従って公訴時効が適用されます(刑訴法252条)。つまり条文に書かれた法定刑を基準に公訴時効期間を判断するという意味です。
4.刑事事件の被疑者になってしまったら弁護士に相談を
刑事事件の被疑者として捜査対象となった場合、公訴時効期間が過ぎるまで逃亡を続けることは至難の業です。
事件内容によっては、長い逃亡生活を送るよりも、進んで出頭して刑事手続を受け、早期に人生をリセットすることが、将来的には本人と家族の幸せにつながるケースも数多くあります。
どの途を進むか人生を賭けた決断ですから、予想される刑事処分の内容、程度などを知る必要があり、それには刑事裁判の専門家からのアドバイスを受けるべきです。
泉総合法律事務所の弁護士は、様々な刑事事件の弁護経験が豊富です。初回相談料は無料ですので、どのような事件でも是非一度ご相談ください。