日本における死刑制度 | 執行手続や適用犯罪、廃止論などについて
2018(平成30)年7月、オウム真理教事件の死刑囚13人の死刑執行が相次いで行われ、大きなニュースとなりました。
今回のニュースで、改めて死刑制度について関心を持たれた方が多いと思います。
そこで、今回は日本の死刑の歴史、死刑が適用されるケースやその基準、執行手続、存続論と廃止論の対立などに触れると共に、よくある勘違い(「1人を殺しただけでは死刑にはならない」「死刑囚が再審請求をしていると、死刑を執行できない」など)についても解説します。
ニュースの報道内容をより深く読み解くための基礎知識として、一読いただければと思います。
【この記事を読んで分かる事】
- 死刑が適用されるケース。いわゆる永山基準について
- 死刑を執行する手続について。執行の決定から執行方法、執行後の手続まで
- 死刑存廃論の主な論拠と世論調査(平成26年度)の結果
1.日本における死刑制度の歴史
日本において、果たしていつから死刑という公的な制度が設けられたのかは不明です。
少しだけ歴史を紐解いてみましょう。
死刑が法令に最初に明記されたものとしては、飛鳥時代の大宝律令(701年ころ)に「賊盗律」という刑罰を規定した部分があり、「人を傷(やぶ)れらば絞(きょう)、人を殺せらば斬(ざん)」と規定されていました(※1)。「絞」は絞殺刑、「斬」は斬殺刑だったのでしょう。
次いで、鎌倉政権の有名な御成敗式目(1232年)にも、「殺害、刃傷罪科の事」という項目があり(※1、96頁)、殺人は死刑か流罪として財産も没収するとされていたそうです(※2)。
世相を反映してか、戦国時代の死刑は苛烈を極めます。磔(はりつけ)、逆磔、串刺し、鋸挽き、牛裂き、車裂き、火あぶり、釜煎り、簀巻きなどがありました。
江戸時代には、八代将軍吉宗によって「御定書百箇条」(1742年)という法令が整備されましたが、相変わらず、磔、鋸挽き、火あぶり、獄門など、残酷な死刑が残ったままでした(※3)。
激動の明治維新を迎えて、死刑制度の内容も、目まぐるしい改正を繰り返しますが、旧刑法(1882年)によって、死刑の方法は絞首刑だけと定められました。
絞首刑だけになった理由について、旧刑法の起草にかかわったフランス法学者ボアソナードは、「斬首と違って身体と首がバラバラにならず、親族が遺体を引き取るときも悲哀の感情が軽くなる」からと述べたそうです(※4)。
このように、同じ死刑でもその執行方法に軽重をつける制度から、単一の執行方法だけを定める制度に整備されてゆくのは、我が国だけでなく、各国に共通した歴史のようです。
※1「詳説日本史資料集・増補改訂版」山川出版社23頁
※2、下記サイト「現代語訳 御成敗式目全文」を参考とさせていただきました。
(http://www.tamagawa.ac.jp/SISETU/kyouken/kamakura/goseibaishikimoku/index.html#keihou)
※3「江戸の刑罰」石井良助著・中公新書29頁参照
※4「死刑」読売新聞社会部・中央公論新社30頁
2.現行の死刑制度の内容
旧刑法は、1907年に現行の刑法に改正され、今日に至っています。
では、現在の死刑制度の内容を見てみましょう。
(1) 死刑になる犯罪
法定刑に死刑のある犯罪は、刑法犯の12種類、と特別法犯の6種類です(平成27年3月31日時点)。
① 刑法犯(12種類)
刑法で死刑が法定刑に定められているのは、次の12種類の犯罪です。
殺人罪、強盗致死罪、現住建造物放火罪などを除いて、あまり耳慣れない罪名が多いと思いますので、一例をあげて説明します。
内乱罪とは、平たく言えば暴動によって国家権力を奪取することで、武力で内閣や国家を制圧するようなイメージです。革命や国家転覆のことです。
外患誘致罪は、外国と通じて日本に戦争を仕掛けさせたケースです。つまり国家反逆罪です。外患誘致罪は、法定刑が死刑しかありません。
それ以外にも、電車や船舶を転覆、沈没させたり、飲料水の上水道に毒を入れたりと、大勢の生命に関わりうる極めて危険な犯罪に死刑が定められています。
② 特別法犯(6種類)
刑法以外の特別法で、死刑が法定刑に定められているのは、次6種類の犯罪です。
- 爆発物使用罪(爆発物取締罰則、第1条)
- 決闘殺人罪(決闘罪ニ関スル件、第3条)
- 航空機強取等致死罪(航空機の強取等の処罰に関する法律、第2条)
- 人質殺害罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律、第4条)
- 組織的な殺人罪(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律、第3条1項3号)
こちらも、ハイジャックや人質など、物騒な犯罪ばかりです。
なかに「決闘殺人罪」という不思議な罪名があります。
少し横道ですが、この法律は決闘を挑む行為、これに応じる行為、決闘をする行為もそれぞれ処罰しているもので、明治22年以降、現在でも有効な法律です。
少年の一対一の喧嘩に適用されるケースがあるようです。
(2) 死刑が適用されるケースと永山基準
死刑を適用するべきかどうかを判断する基準として有名な「永山基準」と言われるものがあります。
これは1968(昭和43)年、当時19歳であった永山則夫元死刑囚が、短期間に4名を射殺した連続殺人事件において、無期懲役とした東京高裁判決を破棄した際に最高裁が示した考え方です。
整理すると、以下のとおりです。
【考慮要素・情状】
(1)犯行の罪質
(2)犯行の動機
(3)犯行の態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性
(4)結果の重大性ことに殺害された被害者の数
(5)遺族の被害感情
(6)社会的影響
(7)犯人の年齢
(8)前科
(9)犯行後の情状等
(これら9つの)各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許される(最高昭和58(1983)年7月8日判決)。
この永山基準の「ことに殺害された被害者の数」という言い回しから、「1人を殺しただけでは死刑にはならない」という話が一般に信じられるようになってしまいました。
しかし、これは誤解です。
法務省総合研究所が1996(平成8)年にまとめた「凶悪重大事犯の実態及び量刑に関する研究」によれば、この永山基準の最高裁判決後、1996(平成8)年までの間に、被害者が1人の殺人事件の14%、強盗殺人事件の3%で死刑判決が出ているとされています(※5)。
もちろん、被害者が1名よりも複数名のほうが死刑判決となりやすいことは事実ですが、被害者が1人だから死刑にできないというわけではありません。
※5 「死刑の基準 永山裁判が遺したもの」堀川惠子著・日本評論社305頁
3.死刑執行の手続
(1) 執行決定前の手続
死刑判決が確定すると、裁判所から検察庁へ判決謄本と公判記録が送付されます。
たとえば最高裁で死刑判決が確定すると、東京高等検察庁に送付され、これを受けて、その検察庁の長(検事長又は検事正)が、「死刑執行に関する上申書」を法務大臣に提出します。
上申書が提出されると、法務省は記録を取り寄せ、刑事局の局付検事(平たく言うと、若手で優秀と評価されている検事)が担当者となり記録を検討します。死刑執行停止、再審、非常上告といった死刑を執行すべきでない事由や判決の誤りの有無を精査します。
そのうえで、「死刑執行起案書」を作成し、法務省内の決済に回します。死刑執行起案書は、刑事局を皮切りに、矯正局、保護局で、合計11名の決済官の決済を受けます。刑事局に戻った死刑執行起案書は、「死刑執行命令書」と名称を変えて、いよいよ法務大臣官房に回されます。そこで4名の決済官の決済を受けた後に、法務大臣に提出されます。
何故このようなことを長々と説明するかというと、死刑判決を執行するための書類が法務大臣のもとに届くまでに、上にあげただけで16名の人間から審査・決済を受けていることを知っていただきたいからです(※6)。
死刑執行命令書を受け取った法務大臣は、公判記録を熟読したうえで、死刑を執行するかどうかを判断するのです(※7)。
※6 「ビギナーズ刑事政策・第2版」守山正外編著133頁
※7 前出(※4)「死刑」17頁
(2) 執行決定後の手続
法務大臣が死刑執行を決断したら、死刑執行命令書にサインをします。
これにより、法務大臣の死刑執行命令(刑事訴訟法475条1項)が発せられたことになり、5日以内に死刑を執行しなくてはなりません(同476条)。
5日以内としたのは、刑事施設が準備をする都合のためです。
ここで、最初に「死刑執行に関する上申書」を提出した担当検察庁の長が「死刑執行指揮書」を作成し、以後はこの指示書にしたがって死刑が執行されます。
(3) 執行方法
執行方法についても、具体的に説明しましょう。
死刑囚には、当日、いよいよ執行されるときまで、死刑が執行されることは知らされません。
1970年代までは、拘置所長の判断で執行の数日前に本人に告知し、死刑囚仲間がお別れ会を開いたケースもあったとのことですが、告知を受けた死刑囚が自殺をした事件があり、以後、全国の拘置所で当日告知が徹底されたそうです(※8)。
死刑の執行は、日曜日、土曜日、祝日、12月29日から1月3日は行わないこととされています(刑事収容法178条1項)。
執行当日は、朝、独房に刑務官がやってきて、本日、死刑が執行されることを告知され、そのまま刑場の控室まで連行されます。約1時間の猶予を与えられ、その間に、遺書を書いたり、タバコを吸ったりすることが許されます。教誨師(きょうかいし。僧侶、神主、神父、牧師のこと)と最後の会話をし、祈りを捧げたりする時間でもあります。
死刑を行う場所は、「刑事施設内」です(刑法11条、刑事収容法178条1項)。そして、刑場に入るには検察官又は刑事施設長の許可が必要です(刑事訴訟法477条2項)。これは一見あたりまえのような定めですが、江戸時代まで行われていた公開処刑を否定したもので、密行主義といいます。
死刑は、「絞首」して執行します(刑法11条)。
目隠しと手錠をされて、刑場の中心にある約1メートル四方の踏み板の上に立ち、足を縛られた後に、直径3センチほどのロープを首にかけられます。
刑場の外には3個から5個の「執行ボタン」が設置されており、そのうちひとつが踏み板と連動しています。
どのボタンが連動したボタンなのかはボタンを押す刑務官には秘密にされています。
合図とともに、刑務官3〜5人が一斉にボタンを押すと、踏み板が外れて、死刑囚の体が落下します。
踏み板の下には高さ4メートルの空間があります。
このときに、死刑囚の体がぐるぐる回転しないように刑務官が押さえます。
落下の衝撃と自重で死刑囚の頚椎は骨折し、瞬時に意識がなくなり呼吸も止まって意識がなくなるので、苦痛はないとされています。
※8 前出(※4)「死刑」40頁
(4) 執行後の手続
医師が脈と聴診器で、心停止を確認します。
平均15分程度で心臓が停止するそうです。
心停止で死亡が確認されてから、さらに5分間経過してからでないと首のロープを解くことはできません(刑事収容法179条)。
5分を経過したら、刑務官らが、遺体をおろしてやり、きれいに清拭したうえで、白装束に着替えさせ、別室で簡単な葬儀を行います。
死刑執行には、検察官、検察事務官、刑事施設の長ら又はその代理人が立会い、ガラス板で仕切られた別室から、死刑が執行される様子を確認します(刑事訴訟法477条)。
検察事務官は、報告書(執行始末書)を作成し、検察官と刑事施設の長が署名、押印します(同478条)。
(5) 手続と法律規定の祖語についての指摘
ところでこのような死刑の執行方法には、厳密に法律的にみるとおかしな点があると言われています。
ひとつは、前述のとおり、死刑の執行方法は「絞首」と刑法11条で明確に定められているのですが、首にロープをかけて身体を落下させる現在の方式は、「絞首」ではなく「縊首(いしゅ)」です。
絞首は、首に巻いた縄を締め上げて殺害する方法を指します。
また、死刑執行の具体的な方法を定めた法律は、「太政官布告65号」という明治6年の法令しかないのですが、そこには両手を背に縛って立たせると定められており、身体の前で手錠をかけられている現在の執行スタイルは法の定めた手続きとは異なります。
以上から、現在の死刑は、法の手続きに違反したものだという主張が昭和30年代の裁判でなされたことがありました。
最高裁はこれを認めませんでしたが、古い根拠法令と実際の運用が違ってしまっている事実は、その後も改められないままです(※9)。
※9 「刑法判例百選Ⅰ総論(第2版)」有斐閣208頁、最高昭和36年7月19日判決
(6) 死刑が執行できない場合とは
法務大臣は、死刑判決確定の日から6か月以内に死刑の執行を命令しなくてはならないとされています(刑事訴訟法475条2項)。あまり長期にわたって死の恐怖にさらさないようにすることが、6か月以内とした本来の趣旨でした。
ただし、この6か月には次の期間は含まれないとされています(同項但し書き)。
・上訴権回復の請求がされその手続が終了するまでの期間
・再審の請求がされその手続が終了するまでの期間
・非常上告がされその手続が終了するまでの期間
・恩赦の申し出、出願がされその手続が終了するまでの期間
・共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間
「死刑囚が再審請求をしていると、死刑を執行できない」という誤解されている方も多いですが、上の規定のとおり、判決確定から6か月以内に再審請求がなされた場合のことしか規定しておらず、6か月を経過した後のことは何も定めていないのです。
にもかかわらず、実際には、6か月という期間とは無関係に、再審請求がされると執行しない取扱いがなされているのは、その時の法務大臣が、慎重を期して執行を控えた結果に過ぎません。
したがって、絶対に執行しないというわけではないのです。
今回のオウム事件の死刑執行も、再審請求中の死刑囚が含まれていたと報じられています。
また、判決確定から6か月以内の執行を要求するこの規定はただの訓示規定(平たく言えば、たんなる心構え)であり、違反してもかまわないというのが裁判例です(東京地裁平成10年3月20日判決)。
なお、オウム事件でも話題になりましたが、死刑囚が心神喪失状態であるとき、死刑囚の女性が妊娠しているときには、法務大臣の命令で死刑執行を停止しなくてはなりません(刑事訴訟法479条1項、2項)。心神喪失から回復し、女子は出産した後には死刑を執行することができます(同3項)。
妊娠中に死刑を執行できないのはお腹の子どもには罪はないからですが、心神喪失中の者に執行できない理由は、刑罰の意味を理解できないものに対する刑罰の執行は無意味だからと言われています。しかし、ここは議論のあるところだと思います。
4.死刑存置論と廃止論
ご承知の方も少なくないでしょうが、死刑については、廃止論(反対論)と存置論(賛成論)の深刻な対立があります。
18世紀イタリアの法学者チェーザレ・ベッカリーアが、その著書「犯罪と刑罰」(1764年)において
「あらゆる時代の歴史は経験として証明している。死刑は社会を侵害するつもりでいる悪人どもをその侵害からいささかもさまたげなかった」(※10)
と喝破して死刑制度を批判してから250年にわたり、この論争は続いています。
この論争については、もはや「論点は出尽くした感がある。」、「現在では理論的論争というよりも信条論が中心である」(※11)といえ、双方、実証抜きの水掛け論となっているとも言われています。
ここでは論争に深入りはせず、両陣営の主な論拠を列挙しておきます。
※10 「犯罪と刑罰」早風八十二、五十嵐二葉訳、岩波文庫92頁
※11 前出※6「ビギナーズ刑事政策」135頁
(1) 死刑廃止論と存置論の根拠
【廃止論】
- 国家が殺人を犯罪としておきながら、犯人の生命を奪うことは矛盾である(法哲学的観点)
- 死刑には犯罪に対する威嚇力はない
- 死刑は「残虐な刑罰」を禁じる憲法36条に違反する
- 死刑でなくとも仮釈放のない終身刑であれば犯人の再度の犯罪を完全に防止できる
- 誤判を完全になくすことができない以上、取り返しのつかない死刑は認めるべきでない
【存置論】
- 殺人を犯した者には、その生命で償わせることが国民感情に合致している(応報的観点)
- 死刑には犯罪に対する威嚇力がある
- 凶悪犯は死刑によって社会から完全に隔離する必要がある
死刑に犯罪に対する威嚇力があるかないかについては、それを裏付ける実証データがないままです。
他方、誤判の可能性を否定できないことは事実です。
アメリカのサッコ・ヴァンゼッティ事件、イギリスのエヴァンス事件、我が国の免田事件、財田川事件など一連の冤罪事件を考えれば、死刑には取り返しがつかない危険があります。
(2) 世論調査
我が国では、5年に1度ほどの頻度で「基本的法制度に関する世論調査」が行われており、そこで死刑制度の存廃についても触れられています。
直近では、平成26年度に調査が行われており、そこでの回答は以下のようになっています(※12)。
Q2 死刑制度に関して,このような意見がありますが,あなたはどちらの意見に賛成ですか。
・死刑は廃止すべきである 9.7%
・死刑もやむを得ない 80.3%
・わからない・一概に言えない 9.9%
「死刑もやむを得ない」との回答が80%を超えており、このことから、我が国においては死刑存知論が根強いとの主張がなされています。
※12 内閣府大臣官房政府広報室 世論調査 平成26年度 基本的法制度に関する世論調査
(3) 世界の潮流
世界的にみると、1980年には、死刑存置国128カ国、死刑廃止国(含実質的廃止国)37カ国であったものが、2010年には、死刑存置国58カ国、死刑廃止国(含実質的廃止国)139カ国となっています(※12)。
国連では、1989年に「市民的及び政治的権利に関する国際人権規約」の第二議定書、いわゆる死刑廃止条約が採択され、1991年に発効しています(ただし、日本は批准していません)。
世界の流れは死刑廃止にむかっていることは事実であるようです。
※12、前出※6「ビギナーズ刑事政策」140頁
5.まとめ
死刑を廃止した国でも、その後もたびたび死刑復活運動が起きているといいます。
現在は、死刑廃止国が多数であっても、それが永続するものかどうかはわかりません。
この世から悲しい犯罪がなくならない限り、永遠に続く論争なのかもしれません。