身近な法律の疑問 [公開日]2021年7月27日

依存症が原因の犯罪について

寝食を忘れて仕事や趣味などに没頭する人のことを「依存症」ということがありますが、精神疾患として「依存症」という病名があるのをご存知でしょうか。
例えば、「薬物依存症」や「アルコール依存症」は、世界中で治療法が研究されている病気なのです。

依存症は、依存する行為が薬物使用などの犯罪であったり、正常な社会生活が送れなくなって犯罪に手を染めたりするリスクがある病気なので、正しく対処する必要があります。

今回のコラムでは、

  • 依存症とはどのような病気なのか
  • 依存症による犯罪の刑事手続きはどうなるのか
  • 依存症の治療方法

について弁護士が解説します。

1.依存症の定義とメカニズム

世界保健機関(WHO)は、依存症を精神疾患として次のように定義しています。

① 精神に作用する化学物質の摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果
② それらの刺激を求める耐えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優勢となり
③ その刺激がないと不快な精神的・身体的症状を生じる、精神的・身体的・行動的状態

人間の脳は、①で体験した快感や高揚感を習慣的に欲するプログラムを形成します。
一方で、繰り返し快楽や高揚感を感じることで、中枢神経の機能は低下してしまい、①の行為は次第にエスカレートし、自分の意志ではコントロールできない状態になるのです。

かつては、アルコールや薬物、ギャンブルに依存するのは、本人の意志の弱さや道徳観念の問題と理解されていました。
しかし、依存症は特殊な人にだけ起こることではなく、人間の脳の作用による病理であるということが分かってきました。

従って、依存症は本人を非難したり罰したりしても、改善されることはありません。

このメカニズムは厚生労働省のホームページでも詳しく紹介されています。

近年、アルコールや薬物、ギャンブルの各依存症への対策を推進するために以下のような法律が施行され、政府も依存症対策に本腰を入れてきたといえます。

  • アルコール健康障害対策基本法(2014年6月~)
  • 薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律(2016年6月~)
  • 再犯の防止等の推進に関する法律(2016年12月~)
  • ギャンブル等依存症対策基本法(2018年10月~)

2.犯罪を繰り返す原因となる依存症

もともと依存症は、常習的な犯罪などの問題行動への対処法として、精神医学の観点から研究が進められてきました。

現時点でWHOの疾病分類により依存症と定義されているのは、以下の4類型です。

  • 物質依存:アルコール、薬物
  • 行為依存:ギャンブル、ゲーム(2022年~)

さらに、依存症に類似した病態として、以下のものが知られています。

  • 窃盗症(クレプトマニア)
  • 摂食障害
  • 性嗜好障害(性依存症・パラフィリア)

これらのうち、刑事事件となることが多い依存症は次のようなものがあります。

(1) 薬物依存

精神に作用する薬物への依存症です。

覚醒剤大麻、シンナーやMDMAなど違法薬物のほか、処方薬や市販薬の中にも依存性があるものがあります。

(2) 窃盗症(クレプトマニア)

盗む行為に依存する、盗みたい衝動をコントロールできない精神疾患です。

所持金の有無に関わらず、盗む物への関心があるわけでもないのに万引きを繰り返してしまうため、周囲の理解が得られにくい病気ともいえます。

[参考記事]

クレプトマニア(万引き癖)の特徴とは?診断基準・治療法と弁護方法

(3) 性嗜好障害(性依存症・パラフィリア障害)

通常の性的関係以外の方法によって、性的興奮を得るための行動を繰り返してしまう精神疾患です。

具体的には、痴漢や下着などの窃取、盗視(のぞき)、盗撮などという行動にあらわれます。

[参考記事]

痴漢する人の心理|「痴漢したい」という病気・依存症の治療は可能?

[参考記事]

なぜ下着泥棒をするのか?下着泥棒の特徴と心理

[参考記事]

何故盗撮する?盗撮する人の心理・治療法について

3.依存症による犯罪の刑事手続き

刑事事件の実務では、犯罪の原因が依存症ということだけで刑事責任が免除されることはなく、通常の刑事手続きで捜査や裁判が行われます。

しかし、適切な刑事弁護を行えば、刑が減軽される可能性は十分にあります。

(1) 責任能力は認められるか

依存症による犯罪では、責任能力を争点化することが考えられます。

責任能力とは、犯罪行為を非難するために必要とされる能力で、「事物の是非や善悪を判断する能力」と「その判断に従って行動を制御する能力」から判断されます。

精神の障害によって、そのいずれかが完全に欠けた状態であれば「心神喪失」として無罪に、いずれかが著しく減退した状態であれば「心神耗弱」として刑が減軽されます(刑法39条)。

しかし、責任能力の判断は、裁判所が犯行全体を観察して法的に判断することになっており、診断病名や医師の鑑定意見に拘束されるわけではありません。

依存症による犯罪は、他の精神疾患とは異なり、

  • 動機がまったく理解できないわけではない
  • 検挙されないように人目を避けるなど合理的に行動している

というように、責任能力を否定する材料に乏しいことが多いという特徴もあります。

そのため、依存症による犯罪は、責任非難の度合いが若干軽減されることはあっても、完全責任能力と判断されるケースがほとんどです。

[参考記事]

心神耗弱、心神喪失で無罪になるのはなぜ?

(2) 再犯防止策で量刑が考慮される可能性

裁判所や捜査機関は、依存症についてまったく理解がないわけではありません。

むしろ、依存症であるならば、再犯防止策についてどのように考えて行動しているのかという点が重視される傾向があります。

専門の医療機関で治療を開始したり、自助グループへ参加したりして再犯防止の具体的な取り組みをしているという事情は、大きなポイントとなります。

また、窃盗などにより被害が生じている場合は、被害弁償や示談を行うことも重要です。

これらは一般的な犯罪でも同様のことがいえますが、依存症による犯罪は、刑罰ではなく治療という選択肢を積極的に提示することがより重要といえます。

4.依存症の治療方法

依存症による脳の変質を修復する治療法は、現在のところ見つかっていません。

つまり、依存症は完治することがない病気ですが、依存行動をやめ続けることにより元の生活に戻ることは十分に可能です。

(1) 心理療法による治療

一部の依存症では、投薬によって欲求や快感を減退させる治療法もありますが、あくまで衝動を抑制する補助的なものであり、依存症を完治させることはできません。

現在有効な治療法とされているのは、専門の医療機関における認知行動療法などの心理療法です。

認知行動療法とは、依存行動のトリガーとなる認知パターンを認識した上で、別の認知パターンや行動に置き換えて回復を図る治療アプローチです。

例えば、「覚醒剤を打てばストレスから解放される」という認知パターンであれば、ストレスを解消するための別の方法を考えるスキルを習得し、問題解決能力を向上するような方法が用いられます。

また、依存症はうつ病など別の精神疾患を伴っていることが少なくありません。

その場合は、合併症の精神疾患についても診断を受け、同時に治療を受けながら健全なライフスタイルを保つことも重要になります。

(2) 自助グループへの参加

民間の自助グループでは、同じ依存症の問題を抱えた人が参加するミーティングを実施しており、自分だけではなく他人の悩みもシェアすることで、依存症からの回復の助けになるとされています。

心理療法と併せて自助グループへ参加することで、成果が上がりやすいともいわれています。

(3) 周囲の理解と協力が必要

依存症は本人が病気であることを認めない「否認の病気」といわれます。

そのため、家族など周囲の人物が依存症について理解し、本人に働き掛けることによって治療が開始されるケースが多いのが特徴です。

また、長期間にわたって治療を継続しながら依存行動をやめ続けるには、周囲のサポートも必要です。

【刑務所で依存症は治療できるか?】
刑務所での服役期間は依存症による欲求を満足させる行為ができないため、一時的に欲求が抑えられることもあるようです。しかし、服役を終えて社会復帰すると、再び罪を犯すケースも少なくありません。
なお、薬物依存に関しては、服役中に認知行動療法に基づく薬物依存離脱指導が行われ、さらに出所後も更正保護官署と連携して離脱指導を継続することとされています。
しかし、刑務所に収容されることで、家族などとの関係が希薄になったり、再就職が困難になったりするという問題点も指摘されています。

5.依存症による犯罪の刑事弁護は泉総合法律事務所へ

依存症による犯罪で検挙された場合、

  • 逮捕された場合は早急に身柄を解放する
  • 医療機関での受診や自助グループへの参加により再犯防止策を講じる
  • 被害がある場合は被害弁償と示談を行う

ことが弁護活動の柱となり、早期の着手が重要となります。

犯罪が二度目、三度目となった場合は、起訴は免れるのは困難で、罰金刑や執行猶予では済まない可能性も高くなっていきます。

依存症の刑事弁護の経験が豊富な弁護士であれば、刑事弁護だけではなく、依存症の治療に関する対応も可能です。

刑事事件の弁護人は、ご本人だけではなく、配偶者や親子、兄弟姉妹であっても選任することができます(刑事訴訟法30条2項)。
本人に依存症の自覚がない場合でも、治療につなげる弁護活動は可能ですので、どうぞお早めにご相談ください。

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