逃走罪|受刑者が刑務所から脱走すると罪になる
ある受刑者が刑務所を脱走する(逃走の罪)事件は、しばしばニュースになるだけでなく、バラエティ番組の事件録などで紹介されるケースがあります。
日本でも、過去にとある受刑者が「塀のない刑務所」から脱走し、愛媛県から広島県まで22日間にわたって逃走していたという事例がありました。
逃走に関連する罪はそれほど頻繁に話題になるものではないのですが、近隣の住民にとって「受刑者が逃走した」というのは非常に恐怖を感じるもので、世間の関心も集まります。
そこで、このコラムでは、逃走の罪とこれに関連する罪について、刑事事件に強い法律事務所の弁護士が解説します。
なお、令和5年に刑事訴訟法等が改正されました。本コラムは改正法に対応しています。
1.逃走した者に対する罪
(1) 単純逃走罪
刑法では、刑務所から逃走する罪に関して以下のように条文で定めています。
単純逃走罪(刑法97条)
法令により拘禁された者が逃走したときは、3年以下の懲役に処する
改正前は、法定刑は「1年以下の懲役」という比較的軽いものでした。
これは、拘禁されている人は「逃げられる状況があれば逃げたい」と考えることも人間の心理としてやむを得ない面があるから(期待可能性が低いから)で、周辺の住民の利益や安全というものはあまり考慮されていませんでした。
しかし、刑法改正により刑罰は「3年以下の懲役」に引き上げられています。
単純逃走罪の主体
単純逃走罪の対象となるのは、「法令により拘禁された者」です。
まず、判決が確定して刑の執行を受けている人です。
禁固刑、懲役刑、死刑などの判決を受けて刑務所に拘禁されている人や、罰金や科料が払えなくて労役場に留置されている人のことです。
次に、勾留中の人です。
判決が確定していない人で、起訴前勾留及び起訴後勾留の両方を含みます。勾留期間中に取り調べを受けていて、取調室から逃げると単純逃走罪が成立するということになります。
さらに、逮捕期間中に取り調べを受けていて取調室から逃げるケースでも単純逃走罪が成立します。
(逮捕された者や勾引状で拘禁された人は、改正前刑法では主体に含まれませんでした。「勾引状」とは、被告人や証人などを裁判所等指定の場所に連れていく効力をもつものです。)
なお、保釈中の人が逃げても逃走罪にはなりません。
保釈中の人が逃走して裁判に出席しなかった場合は、保釈金の没収になります。
逃走罪の未遂と既遂
そもそも「逃走」とは、拘禁から離脱することで、看守者の実力支配を脱すれば既遂になります。
監房(自分の部屋)から脱出した場合には、逃走罪に着手したことになります。しかし、刑務所内にいる限り看守者の実力支配を脱していないので、刑務所の外壁を越えない限り未遂罪にとどまります。
また、刑務所の外壁を越えても、追跡を受けている間は既遂にはならないとされています。刑務所の外壁を超えて、追跡者を振り切って初めて既遂になるということです。
なお、過去に愛媛県で単純逃走の事件が起こったのは「塀のない刑務所」であり、さらに逃走の際に追跡されたわけでもないようですので、刑務所の敷地外に出たときに既遂になったと思われます。
災害時の避難及び開放について
最近、日本列島では地震など多くの自然災害が発生しています。
仮に災害が起こって刑務所や拘置所などの刑事施設から避難しなければならない場合で、拘禁されている人を護送できない場合には、その刑事施設の長の判断によって一時的に拘禁されている人を解放できることになっています。
刑事収容法83条
1 刑事施設の長は、地震、火災その他の災害に際し、刑事施設内において避難の方法がないときは、被収容者を適当な場所に護送しなければならない。
2 前項の場合において、被収容者を護送することができないときは、刑事施設の長は、その者を刑事施設から解放することができる。地震、火災その他の災害に際し、刑事施設の外にある被収容者を避難させるため適当な場所に護送することができない場合も、同様とする。
3 前項の規定により解放された者は、避難を必要とする状況がなくなった後速やかに、刑事施設又は刑事施設の長が指定した場所に出頭しなければならない。
そして、解放された人が避難を必要とする状況がなくなった後に出頭しなかった場合には、単純逃走罪が成立します。
(2) 加重逃走罪
刑務所からの逃走は、「加重逃走罪」が成立するケースもあります。
加重逃走罪(刑法98条)
前条に規定する者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行もしくは脅迫をし、又は2人以上通謀して、逃走したときは、3月以上5年以下の懲役に処する。
この犯罪は、前条の対象であった「法令により拘禁された者」が対象です。
拘禁場の一部を逃走のために破壊しただけでも、加重逃走罪の未遂になります。
例えば、天井の一部を損壊しただけでも、加重逃走罪として懲役5月に処された事例もあります。
拘禁されている人は、逃げられるならば逃げたいと考えるのもやむを得ないとはいえ、器具を破壊したり、看守に対して暴力や脅迫を用いて逃げようとしたりすることは悪質です。よって、単純逃走罪よりも刑が重くなっています。
また、拘禁されている人が2人以上で通謀して逃げることは、追跡・逮捕を困難にさせることになりますので、刑が重くなります。
2.逃走罪から派生して発生する犯罪
単純逃走の罪は、法定刑が引き上げられたとはいえそれほど重いものではありません。
しかし、着の身着のままで逃走した人は、食料や衣類及びそれらを手に入れるためのお金、逃走用の乗り物(自転車や自動車)などを必要とするでしょう。つまり、逃走した人は、それらを調達する行為によって新たな罪を犯すことになってしまいます。
例えば、お金や自動車に関する窃盗罪や、空き家に潜伏していたことによる建造物侵入罪などが新たな犯罪になる可能性があります。
窃盗罪は、「10年以下の懲役又は50万円以下の罰金」です。建造物侵入は、「3年以下の懲役又は10万円以下の罰金」となります。
「あと少しで仮出所する予定だった」という受刑者が逃走すれば、逃走によりいくつもの新たな罪を犯してしまい、またかなりの長期間拘禁されることになるでしょう。
3.逃走させた者(援助者)に対する罪
(1) 被拘禁者奪取罪
被拘禁者奪取罪(刑法99条)
法令により拘禁された者を奪取した者は、3月以上5年以下の懲役に処する
拘禁されている人を、看守者の実力支配下から、自分もしくは第三者の実力支配下に移すことを「奪取」といいます。これは拘禁されている人を逃がして自由にすることではなく、あくまで支配下を移すことです。
また、拘禁されている人が奪取されることに対して、同意しているかどうかに関係なく成立することになっています。
「法令により拘禁されている者」と広く規定されていますので、適法に拘禁されているすべての人を含むとされています。
もっとも、少年院・少年鑑別所にいる少年、入院措置により精神科病院にいる精神障害者、救護院にいる者が含まれるか否かについては争いがあります。
(2) 逃走援助罪
逃走援助罪(刑法100条)
1 法令により拘禁された者を逃走させる目的で、器具を提供し、その他逃走を容易にすべき行為をした者は、3年以下の懲役に処する
2 前項の目的で、暴行又は脅迫をした者は、3月以上5年以下の懲役に処する。
拘禁されている人を逃がすために協力した人を罰する犯罪です。
「逃走を助けてほしい」と頼まれたかどうかは関係なく、逃走を援助するような行為をすれば犯罪が成立します。
逃走の意思がない人に対して、逃走を容易にするような行為をした場合でも犯罪が成立します。
看守等による逃走援助罪(刑法101条)
法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者を逃走させたときは、1年以上10年以下の懲役に処する
拘禁人を看守する人や護送する人であれば、簡単に拘禁されている人を逃走させることができてしまいます。そのため、そのような人が逃走を援助した場合には、当然ながら1年以上10年以下の懲役という重い処罰が課せられます。
(3) 犯人蔵匿罪・犯人隠避罪
逃走に関わらなくても、逃走してきた人に手を貸した場合には犯人蔵匿罪や犯人隠避罪が成立します。
「蔵匿」とは、かくまうことです。「隠避」とは、蔵匿以外で、逮捕・発見を妨げる一切の行為をすべて含みます。
犯人蔵匿罪・犯人隠避罪は「2年以下の懲役又は20万円以下の罰金」です。
逃走した人が友人や知人を頼っていくと、その人まで犯罪に巻き込むことになってしまうのです。
一方、親族が蔵匿や隠避をした場合には刑が免除されます。これは、心情的に仕方がない面があるからです。
親族とは、民法上の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)のことですが、外国人の場合にはその母国の民法の規定によります。
4.まとめ
受刑者が逃走する理由の多くは、刑務所内の人間関係とも言われています。
よって、逃走罪の発生を防ぐには、看守から、あるいは受刑者同士で嫌がらせ、イジメなどが無いのかを常日頃気にかける必要があるでしょう。
そして、逃走罪やその未遂が発生したならば、動機についてきちんと調査し、必要であれば内部関係を改めることによって再発を防ぐことが重要です。
受刑者の自立と円滑な社会復帰のために重要な役目を果たすと言われる「塀のない刑務所」もありますが、やはり、どのような刑務所であれ、受刑者の方々にはなぜ自分が刑務所に収容されたのか、その意義をきちんと理解してもらうことが大切でしょう。