身近な法律の疑問 [公開日]2018年5月11日[更新日]2019年6月12日

2018年6月施行の日本型司法取引-メリット・デメリット・課題を解説

2018年6月施行の日本型司法取引-メリット・デメリット・課題を解説

【この記事を読んでわかる事】

  • 2018(平成30)年6月1日から施行される司法取引とはどんな制度?
  • 司法取引制度が導入されることで刑事事件はどう変わるのか?
  • 日本に導入された場合のメリット、デメリット、問題点は?

 

改正刑事訴訟法の「司法取引」制度が、2018(平成30)年6月1日から施行されます。

事件解決に向け重要な供述を得るために活用される司法取引は、欧米諸国で広く採用されています。

アメリカでは(司法取引を意味する言葉としてbargainingが使用されていますが)自らの犯罪を供述して刑の減免を受ける有罪答弁型のことを意味しています。

では、日本で導入される「司法取引」制度とは、どのようなものなのでしょうか。この制度を導入したことで、何かメリットがあるのでしょうか。

以下、「司法取引」制度の概要と目的、司法取引の内容、司法取引の対象とされる犯罪、司法取引のメリット・デメリットと問題点、司法取引の課題などに触れながら、司法取引について解説します。

1.「司法取引」制度の概要と目的

「司法取引」制度は、2016(平成28)年の法改正により、捜査・公判協力型の協議・合意制度として新たに導入されたものです。

被疑者の取調べと供述調書への過度の依存を改め、取調べ以外の方法で供述証拠等を獲得するためとされています。

「司法取引」制度は、

特定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪(法350条の2第2項各号の「特定犯罪」)について、検察官と被疑者・被告人が、弁護人の同意がある場合に、被疑者・被告人が、共犯者等他人の刑事事件の解明に資する供述をし、証拠を提出するなどの協力行為を行い、検察官が、その協力行為の見返りに、被疑者・被告人に有利に考慮して、これを不起訴にしたり、軽い罪で起訴したり、軽い求刑をするなどを内容とする「合意」をすることができるとし、このような両当事者間の協議・合意を通じて、他人の犯罪行為の訴追・処罰に必要な供述証拠等を獲得しようとするもの

です(法350条の2以下)。

司法取引は、「特定犯罪に係る他人の刑事事件」に関連性のある自己の刑事事件について行われます(法350条の2第1項)。

この「司法取引」制度が、アメリカの「司法取引」制度と異なっているのは、

  1. 特定の犯罪に限定していること
  2. 他人の刑事事件と関連性があること
  3. 協議・合意の過程に弁護人の立会いが義務化されていること

です。

「他人の刑事事件」における「他人」は、合意の主体である被疑者・被告人の共犯者や対向犯関係にある者が典型ですが、法人も「他人」となり得ます。

そして、このような「取引」を基本とすることから、被疑者・被告人が虚偽供述をして第三者を巻き込む事態が生じないようにするため、制度的手当も講じられています(法350条の3・350条の4・350条の8・350条の9・350条の15参照)。

企業犯罪や組織犯罪においては、首謀者や背後者の関与状況等を含め、事案の解明を図るため、末端の実行者など組織内部の者から供述を得ることが必要不可欠な場合があります。司法取引は、これを可能にするのです。

したがって、司法取引として想定されるのは、企業犯罪や組織犯罪において、末端の者の犯罪に刑の減免を約束して、組織上層部の犯罪についての供述を求めるケースということになるでしょう。

小物に餌を与えて、大物を釣ろうというのです。

「司法取引」制度は、特定犯罪に関係する他人の刑事事件について、検察官による証拠収集に被疑者・被告人が協力した場合、その見返りに刑事責任の減免を受ける(法350条の2~350条の15)ことから、検察官に他人の刑事事件を供述して、自己の刑事責任を減免してもらうことになりますので、一般国民の正義感にそぐわない面があります。

しかし、それが許される背景には、個人責任よりも悪を懲らしめるという社会的責任の方が優るからといえましょう。

2.司法取引の内容

(1) 被疑者の減刑

司法取引は、他人の刑事事件の捜査への「協力」であり、最終的に裁判所が関与し、協力・合意者(被疑者または被告人であり、司法取引者)には

  1. 不起訴処分になる
  2. 公訴が取り消される
  3. 軽い罪で起訴される
  4. 起訴後に、軽い罪に変更される
  5. 軽い求刑がなされる
  6. 即決裁判という簡易な手続で処理される
  7. 略式命令という罰金又は科料で処理される

というような特典を与える、という内容の合意をすることができることになっています(法350条の2第1項2号イ~ト)。

ただし、不起訴になったとしても、検察審査会の審議で起訴が議決されますと、合意の効力を失いますので(法350条の11)、起訴の可能性があります。

(2) 弁護人の同意

なお、被疑者が上記の司法取引に関する合意をするには、その弁護人の同意がなければなりません(法350条の3第1項)。

この合意は、検察官、被疑者又は被告人及び弁護人が連署した書面により行います(同条2項)。

また、この合意をするために必要な「協議」は、原則として、検察官と被疑者・被告人及びその弁護人との間で行います(法350条の4本文)。

(3) 弁護人の関与の義務化

被疑者・被告人は、刑の減免を考えるあまり、率先してより大きな特典をもらおうとしてくる可能性があります。

このため、協議の開始から合意の成立・不成立まで、弁護人の関与を義務付けています(法350条の3第1項・350条の4)。

つまり、被疑者・被告人は、先に弁護人と相談し、供述するかどうか決めることになります。

(4) 供述が他人の刑事事件の証拠になる場合

公判手続の特例として、合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは、これを手続上明示するため、検察官は、合意に関する書面の取調べを請求しなければなりません(法350条の7第1項・350条の8前段・350条の9前段)。

(5) 合意の違反について

合意の当事者は、相手方当事者が合意に違反したとき(またはその他一定の場合)には、合意から離脱することができます(法350条の10第1項)。

つまり、合意の当事者(被疑者・被告人)の供述が虚偽であったことを被疑者・被告人自身が認めた場合、あるいは、真実でないことがその後の捜査等によって客観的に明らかになった場合には、相手方当事者(検察官)は、その合意から離脱(司法取引を破棄)することが考えられます。

また、合意の当事者(検察官)が合意に違反して、公訴権を行使したときは、裁判所は、判決で当該公訴を棄却しなければなりません(法350条の13第1項)し、協議において、合意に基づいて行った被告人の行為により得られた証拠は、原則として、証拠とすることができません(法350条の14第1項)。

(6) 合意が成立しなかった場合

合意が成立しなかったときは、被疑者・被告人が協議において他人の刑事事件についてした供述は、証拠とすることができません(法350条の5第2項)。

(7) 虚偽の供述した場合

他人の刑事事件の供述は信用できるものでなければなりません。

合意をした者が、合意に係る行為をする場合において、捜査機関に対し、虚偽の供述をし、又は偽造・変造の証拠を提出したときは、犯罪として処罰の対象とし、法定刑を「5以下の懲役」という相当重いものとしています。

これが、司法取引に信用性を確保する唯一の方法となっています。

また、協力者が虚偽供述等をした場合、処罰を恐れて供述等を覆せなくなってきますので、裁判確定前に自白した場合には、刑の減免を認めて、虚偽供述等の抑止と巻込みの未然防止が図られています(法350条の15)。

3.司法取引の対象とされる犯罪

司法取引の対象とされる犯罪は、この制度を用いる必要性が高く利用に適しており、かつ、被害者をはじめとする国民の理解が得られやすいという観点から、特定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪に限定されています。裁判員裁判対象事件は対象となりません。

また、死刑又は無期の懲役・禁錮に当たる犯罪は除外され(法350条の2第2項柱書)、身体及び精神的被害を伴う犯罪については、司法取引によって刑の減免を認めることは適当でない、と考えられています。

(1) 法に明記されている犯罪

  • 刑法の一定の犯罪(贈収賄、詐欺など)
  • 組織的犯罪処罰法の一定の犯罪(組織的詐欺など)
  • 覚せい剤取締法、銃刀法などの薬物銃器犯罪

(2) 政令で新たに規定された主な財政経済犯罪

  • 租税に関する法律違反(脱税など)
  • 独占禁止法違反(談合、価格カルテルなど)
  • 金融商品取引法違反(粉飾決算、インサイダー取引など)
  • 特許法違反(特許権侵害など)
  • 貸金業法違反(無登録営業など)
  • 不正競争防止法違反(営業秘密侵害など)
  • 破産法違反(詐欺破産など)
  • 会社法違反(特別背任など)

4.司法取引のメリット・デメリットと問題点

メリット、デメリット

(1) メリット

  • 他人の犯罪に関する動機などの証拠が不十分な場合、確実な証拠を持っている者の刑を減免する約束で供述を得ると、他人の犯罪の発見が高められ、より重要な犯罪の捜査に役立つ情報が得られます。
  • 捜査機関が、被疑者・被告人の刑事処分に手心を加える代わりに、他人の犯罪を聞き出すことが容易になり、組織的犯罪等の解明に威力を発揮することが期待できます。
  • 密行性の高い組織的犯罪等について、首謀者や背後者などのような真に処罰すべき者を処罰することができるようになります。
  • 企業が関係する財政経済犯罪の捜査にも適用され、検察官が社員の協力行為を取り付け、社員の刑事処分の軽減等と引き換えに供述を引き出し、上層部や企業自体の刑事責任を追及することが可能となります。
  • 供述者の協力が得られますから、事件の迅速な処理を図ることができます。捜査費用・裁判費用の面だけでなく、時間と労力の節約になります。
  • 他人が自己の犯罪を供述するかも知れないということが心配になりますので、企業の経営者や事業主としては、これまでよりも一層、例えば、租税犯罪(無申告、所得隠し、現金隠し、二重帳簿の作成、申告漏れ)の撲滅や早期発見に向けて、コンプライアンス態勢を強化するようになります。

(2) デメリット

  • 虚偽供述の可能性による冤罪が危惧されます。(司法取引は、冤罪を惹き起こしやすい制度です。)
  • 被疑者・被告人が重罰を避けるため、あるいは自分の罪を軽くするために司法取引を行い、関係のない他人を巻き込んだり、犯罪の役割の軽い者に罪をなすりつけるように偽証したりする可能性があります。
  • 捜査機関は協力を取り付けようとし、他方、被疑者・被告人は特典の付与を期待するため、利害が一致しやすく、虚偽供述が一層起きやすくなることが懸念されます。
  • 司法取引を行った被疑者・被告人は、虚偽供述罪を問われるのを避けるために、公判廷においても虚偽を貫こうとする動機が働くことが懸念されます。
  • 被疑者・被告人が取調べから逃れたいため、虚偽の自白をする危険があります。
  • 司法取引が多用されますと、検察官の取調べは、他人の刑事事件を供述する者の捜査に集中することになり、客観的証拠の収集に基づく捜査がなおざりにならないか懸念されます。
  • 被疑者・被告人は、刑の減免の特典を受けたいがため、捜査機関の誘惑に抗しきれず、黙秘権が侵害されるおそれがあります。

(3) 問題点

  • 協力行為と減免行為とのバランスが問題になります。アメリカでは、量刑ガイドラインというものがあって、量刑の予測が立つようになっています。しかし、わが国の場合、そのような基準がありませんので、検察官との司法取引が、自己に有利なのか不利なのかはっきりしません。
    捜査機関が多大な利益を得ながら、協力者に何の利益もないことがあり得ます。被疑者・被告人が、不利益を受ける可能性があると判断すれば、検察官からの見返りを意識して、事実を過大に供述することも考えられます。
  • 自己の刑の減免が可能なら、とにかく取引しようとして、検察官と協議に入る被疑者・被告人が多くなることが予想されます。
  • 末端の者の行為が軽微な犯罪であった場合でも、有力な情報を持っているとなれば、検察官は、司法取引に関心を持ち、これが高じると、精緻な捜査をせず、他人の自白に頼ろうとして、軽微な犯罪で逮捕し、刑の減免を慫慂することが危惧されます。
  • 「司法取引を使えば、犯罪をしても罪が軽くなるから、犯罪を実行しよう」と思う人が増えて、犯罪が増加してしまう危険性が懸念されます。
  • 他人の刑事事件を供述することとの引換えに不起訴や刑の減免という特典を受けるためには、他人の刑事事件と自己の刑事事件との間に関連性がなければなりません。牽連関係もないときは司法取引できません。しかし、刑を軽くしたいと考える末端の者が、あえて関連性を持たせようして虚偽供述をする可能性も出てきます。
    また、諸悪の根源は断つべしという正義感を持つ検察官がいますと、虚偽の供述を疑わなくなってしまうことも懸念されます。

5.司法取引の課題

  • 「司法取引」制度については、利害誘導的なことが行われて冤罪の温床になるという指摘があります。
  • 被疑者・被告人は、検察官にリードされ、取り返しのつかない虚偽の供述をしてしまうおそれがあるとの指摘があります。
  • 被疑者・被告人は、自己の刑事処分の軽減等の特典を受ける見返りに供述するため、「引っ張り込みの危険」による誤判のおそれがあり、被疑者・被告人の事件における弁護人の関与に誤判を防止する効果を期待することはできないという指摘もあり、今後の課題といえます。
  • 被疑者・被告人が虚偽供述をして第三者を巻き込む事態を避けるためには、合意の過程についての可視化を要件とすべきとの指摘があり、今後の課題といえます。
  • 他人の刑事事件の弁護人にとっては、合意に基づく虚偽の供述による誤判を防止することが最大の課題といえます。
  • 「司法取引」制度は、併せて導入される「刑事免責制度」(法157条の2・157条の3)とともに、取調べによる供述獲得に代わる新たな立証手段として、今後の運用が注目されます。
    (参考:刑事免責制度について|日本における趣旨と概要
  • 企業の経営者や事業主は、新しい「司法取引」制度への理解を深めるとともに、社員への指導教育が急務となり、ガラス張りの企業運営が必要となるでしょう。

6.まとめ

刑事裁判での日本の有罪率は、99/9%と言われています。

【参考】日本の刑事裁判の起訴後有罪率99.9%は本当か?検察の捜査力について

刑事事件で逮捕され、起訴されそう・起訴されてしまったという方は、お早めに刑事事件に強い泉総合法律事務所の弁護士に相談してください。

刑事事件コラム一覧に戻る