職権濫用罪の具体例・要件の解説|民間人でも要注意の理由
地位や権限があるのを良いことに、それらにかこつけて悪事を働くことを「職権乱用」と言い、この言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。
では、「職権乱用」と言われるような行いが犯罪になることがあるのでしょうか。あるとしたら、どのような場合に、どのような犯罪になるのでしょうか。
1.「職権乱用」の意味
(1) 「職権乱用」の定義
国語辞典によると、「職権」とは「職務上の権限。公務員や法人の機関などがその地位ないし資格においてなし得る事務もしくはその範囲」のことで、「乱用」とは「みだりに用いること」です。
また、類語辞典によると、この「乱用」は「濫用」と書いても同じ意味で、民法や刑法などの法律用語ではこちらの「濫用」が用いられています。
少しややこしいですが、以下では、法律用語として用いる場合は「濫用」と表記し、それ以外では「乱用」と表記することにします。
(2) 職権乱用行為で成立し得る犯罪
ひとくちに職権乱用行為といっても、その行為を行った人の地位や乱用したとされる職権の内容は多種多様で、乱用の程度も様々です。
よって、職権乱用といわれるような行為を行ったことで成立し得る主な犯罪は複数あります。
- 公務員職権濫用罪
- 特別公務員職権濫用罪
- 特別公務員暴行陵虐罪
- 収賄罪
- 背任罪
これらのうち、公務員職権濫用罪と特別公務員職権濫用罪は「職権濫用罪」というそのものの罪名です。
よって、以下ではこの二つをやや詳しく解説し、その他の犯罪については簡潔に概要を解説することにします。
2.公務員職権濫用罪とは?
刑法193条
公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、2年以下の懲役又は禁錮に処する。
(1) 「職権を濫用」の意義
公務員職権濫用罪は、公務員が「職権を濫用」した場合に成立しますので、たとえ公務員であっても単に人に義務のないことを行わせるなどしただけでは成立しません。
ここでいう「職権」とは、その公務員にとっての一般的な職務権限のことです。
必ずしも法律上の強制力を有するものであることは必要ではなく、それが濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる権限であれば足りるとされています。
また、「濫用」とは、公務員がその一般的な職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることをいうとされています(最決昭57.1.28)。
ここでいう「濫用」は、国語辞典で解説されているところの「みだりに用いること」という概念よりも狭い意味で用いられています。
(2) 「義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した」の意義
「義務のないことを行わせ」とは、法律上行うべき具体的な義務がないことを行わせることをいいます。
全く義務がないことを行わせる場合だけでなく、例えば、弁済期の到来していない金銭債権を支払わせるような場合も含まれます。
「権利の行使を妨害した」とは、法律上の権利の正当な行使を妨げることをいいます。
もっとも、妨害される権利は法律上明記された権利に限定されず、法令上保護される利益であればよく、例えば、公衆が立ち入ることのできる公共施設への立ち入りを妨げたような場合も「権利の行使を妨害した」ことになり得ます。
(3) 具体例
実際の裁判で問題となった事案では、例えば、裁判官が刑務所を訪れ、裁判の調査・研究の参考にしたいなどと告げて、刑務所側に過去の受刑者の身分帳簿の閲覧、メモ、写真撮影を許可させた事案(最決昭57.1.28)、裁判官が女性の被告人に対して被害弁償のことで会いたいなどと言って喫茶店に呼び出して同席させた事案(最決昭60.7.16)について、いずれも公務員職権濫用罪が成立すると判断されました。
他方で、警察官が捜査の手段として盗聴行為を行ったが、その盗聴行為の全般を通じて終始誰に対しても警察官による行為ではないことを装う行動をとっていたという事案(最決平1.3.14)について、警察官に認められている職権の濫用があったとみることはできないとして公務員職権濫用罪は成立しないと判断されました。
(4) 公務員ではない者が行った場合
公務員職権濫用罪は公務員が行った場合でないと成立しませんので、公務員ではない者が職権乱用行為をして他人に義務のないことを行わせたり、権利行使を妨げたりしても、原則として犯罪は成立しません。
しかし、公務員でなくとも、脅迫や暴行を用いて他人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害すると、刑法223条の強要罪が成立し、3年以下の懲役に処せられます。
そのため、民間人が職権乱用行為によって他人に義務のないことを行わせるなどした場合、その職権乱用行為が脅迫や暴行といえる程度に達していれば強要罪が成立する可能性があります。
3.特別公務員職権濫用罪とは?
公務員職権濫用罪の特別類型として、刑法194条に特別公務員職権濫用罪が定められています。
刑法194条
裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者がその職権を濫用して、人を逮捕し、又は監禁したときは、6月以上10年以下の懲役又は禁錮に処する。
(1) 成立要件等
「裁判、検察若しくは警察の職務を行う者」とは、裁判官・検察官・警察官等のことで、「これらの職務を補助する者」とは、裁判所書記官・検察事務官等のことです。
これらの者が「職権を濫用」して逮捕行為や監禁行為を行った場合、特別公務員職権濫用罪となり、通常の逮捕監禁罪よりも重く処罰されます(通常の逮捕監禁罪は3月以上7年以下の懲役)。
「職権を濫用」の意義は基本的に刑法193条の公務員職権濫用罪のものと同じですが、刑法194条の特別公務員職権濫用罪の場合の「職権」は、人の身体を拘束できる一般的職務権限である必要があります。
(2) 具体例
実際の裁判で問題となった事案では、例えば、警察官が無実の人に覚せい剤を持たせて覚せい剤所持事件を捏造して逮捕するなどした事案(東京地判平9.10.17)について、特別公務員職権濫用罪が成立すると判断されています。
4.その他の職権乱用に関する罪
(1) 特別公務員暴行陵虐罪
特別公務員職権濫用罪に似た犯罪として、刑法195条の特別公務員暴行陵虐罪という犯罪があります。
これは、裁判官、検察官、警察官等が被疑者等に対して暴行を加えるなどの行為や、刑務所の看守者が受刑者に暴行を加えるなどの行為について成立するもので、7年以下の懲役又は禁錮に処せられます。
特別公務員暴行陵虐罪に当たるような行為も、公務員による職権乱用行為の一つであると言い得るものの、暴行を加えたりする行為は職権の「乱用」にとどまらず、職権を「逸脱」した行為であるという感も否めません。
(2) 収賄罪
刑法197条等に収賄罪が定められています。
収賄罪には様々な類型がありますが、最も基本的な類型は、公務員がその職務に関して賄賂(職務行為の対価としての利益)を受け取ったり、賄賂を要求したり約束したりするもので、5年以下の懲役に処せられます。
公務員が職務に関する事項について依頼を受けて賄賂を受け取ったりした場合には、7年以下の懲役に処せられ、賄賂を受け取って不正な行為を行ったような場合には1年以上20年以下の懲役に処せられます。
(3) 背任罪
会社や官庁のある程度上の役職に就いている者が、自分や第三者の利益を図ったり、会社等に損害を与えたりする目的で、任務に背く行為を行って財産上の損害を生じさせた場合、刑法247条が定める背任罪という犯罪が成立し、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。
例えば、銀行の支店長が敢えて十分な担保を取らずに多額の融資を行って銀行に損害を与えるような場合です。
会社の取締役や監査役が背任罪に該当する行為によって会社に損害を生じさせた場合は、会社法960条が定める特別背任罪という犯罪となり、10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金又はその両方に処せられます。
5.まとめ
職権乱用行為によって成立し得る主な犯罪の代表例としては、以上のようなものがあります。その大半は公務員でないと成立しない犯罪ですが、背任罪(特別背任罪)は民間人でも成立します。
なお、以上の犯罪は、職権乱用行為について成立が考えられる犯罪を挙げたもので、仕事に関係する犯罪をすべて挙げたものではありません。
仕事に関係する行為であっても、職権の「乱用」にとどまらず、職権を「逸脱」した行為である場合には、より重い犯罪が成立する可能性があります。
職権の「乱用」にとどまるか否かを問わず、仕事に関係することで犯罪の疑いをかけられて捜査機関から呼び出しを受けている、あるいはご親族等の親しい方が逮捕されてしまったような場合、お早目に泉総合法律事務所にご相談ください。刑事事件に習熟した弁護士が対応について適切なアドバイスをいたします。