刑の一部の執行猶予制度とは?被告人にとって有利な判決なのか
日本においては、犯罪をした者のうち再犯者が占める割合が少なくありません。
そこで、社会内における再犯防止・改善更生を促すことを目的として、平成26年(2016年)から「一部執行猶予制度」が導入されました。
このコラムでは、「刑の一部の執行猶予制度」について、その詳しい目的や要件、保護観察の在り方などについて解説していきます。
1.一部執行猶予制度導入の目的・理由
法務省によると、日本の再犯者率は近年上昇傾向にあり、2020年は49.1%でした。これは調査の開始(1972年)以降過去最高の数値です。
このように、日本では犯罪をした者の再犯防止・改善更生のための取り組みが政府全体の課題となっており、効果的かつ具体的な施策を講ずることが以前から求められていました。
平成25年の改正(平成28年6月1日施行)前の刑法では、刑の言渡しの選択肢として、「全部実刑」か「全部執行猶予」のいずれかしか存在しませんでした。
しかし、犯罪をした者の再犯防止・改善更生を図るためには、施設内処遇後に十分な期間にわたり社会内処遇を実施することが有用な場合があると考えられたのです。
そこで、宣告した刑期の一部を実刑とするとともに、その残りの刑期の執行を猶予することにより、施設内処遇に引き続き必要かつ相当な期間を執行猶予として社会内における再犯防止・改善更生を促すことを可能とする刑の言渡しの選択肢を増やすべく「一部執行猶予制度」が導入されたのです。
2.一部執行猶予制度の概要・趣旨
(1) 制度の概要
一部執行猶予制度の新設により、「全部実刑」「全部執行猶予」に加えて、裁判所が宣告した刑期の一部だけの執行猶予が可能となりました。
例えば、主文が「被告人を懲役2年に処する。その刑の一部である懲役6月の執行を2年間猶予する。」という場合、まず猶予されなかった1年6か月の懲役刑の執行を実際に受けて服役します。
その服役が終わった後に、猶予された6か月の執行猶予期間である2年間が開始されます。
執行猶予が取り消されることなく、2年間の猶予期間(その間、保護観察の場合もあります)が経過すると、6か月分の執行はされないことになります。
(2) 制度の趣旨
一部執行猶予制度は、裁判所が「全部実刑か全部執行猶予か迷ったときに、迷ったから半分だけ執行猶予にするという」中間的な選択肢の制度ではありません。
まず、全部実刑か全部執行猶予かということをきちんと判断することを前提とした制度なのです。
すなわち、これまでの判断の枠組みでは全部実刑が相当だと評価されてきた事案において、一部執行猶予を言い渡すことを新しく選択できるようになったということです。あくまでも、実刑相当の事案で選択できる新たな制度であるということです。
わかりやすく言えば、これまで全部執行猶予だった人は、これまでと同様全部執行猶予であり、これまで全部実刑相当だった人の中で一部執行猶予にした方が更生に資する人を一部執行猶予にするという趣旨ということです。
一部執行猶予制度の施設内処遇(刑務所の中での処遇)と社会内での処遇を連携することによって、実刑相当事案における被告人の再犯防止と改善更生を図ることが必要かつ相当な場合に選択される制度なのです。
3.刑法上における一部執行猶予の要件
(1) 対象者
- 前に禁錮以上の刑に処せられたことのない者
- 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者
- 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者であること(刑法27条の2第1項)
したがって、前に禁錮以上の刑に処せられて、その執行を終わった日から5年が経過していない、いわゆる累犯者は対象になりません。
なお、対象犯罪による限定はありません。
(2) 宣告刑
3年以下の懲役又は禁錮の言渡しであること(同第1項)。
(3) 再犯防止の必要性・相当性
犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められること(同第1項)。
(4) 猶予期間
1年以上5年以下の期間であること(同第1項)。
(5) 保護観察
任意的であること(同法27条の3第1項)。
4.薬物使用等の罪における一部執行猶予の要件
近年、薬物使用等の罪を犯した者の再犯防止が重要な課題となっていたことから、施設内処遇に引き続き、社会内において保護観察処遇を実施することにより、薬物使用等の罪を犯した者の再犯防止を図るため、新たに「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」(以下「薬物法」)を制定して刑法の特則を定め、累犯者であっても、一部執行猶予を言い渡すことを可能としました。
(1) 対象者
刑法、大麻取締法、毒物及び劇物取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法及びあへん法に定める薬物使用等の罪を犯した者であること(薬物法3条)。
「薬物使用等の罪」とは、規制薬物(覚せい剤、大麻、麻薬等)・毒劇物(トルエン等)の自己使用・単純所持の罪等をいいます(同法2条)。薬物使用等の罪には、上記3⑴のような対象者の限定はありません。
したがって、薬物使用等の罪に関しては、累犯者であっても、一部執行猶予の適用が可能です。
なお、薬物法の目的が規制薬物等に対する依存(薬物使用等の罪を犯す傾向)の改善にあることから、輸入・輸出、製造、営利目的所持は対象となりません。
(2) 宣告刑
3年以下の懲役又は禁錮の言渡しであること(同法3条)。
(3) 再犯防止の必要性・相当性
犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、刑事施設に引き続き社会内において規制薬物等に対する依存の改善に資する処遇を実施することが、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められること(同法3条)。
(4) 猶予期間
1年以上5年以下の期間であること(同法3条)。
(5) 保護観察
必要的であること(同法4条1項)。
5.一部執行猶予に関する刑事弁護方針
一部執行猶予は、刑期の一部が執行猶予になるとはいえ、一度は刑務所に入らなければなりません。実質的にも実刑の一種ですから、弁護士の立場からすれば、全部執行猶予が法律的に可能な事案については全部執行猶予を主張し、全部執行猶予が法律上不可能か困難と考えられる場合には一部執行猶予を主張すべきかどうかを検討するのが、弁護方針として望ましいといえます。
(1) 一部執行猶予を獲得するメリットとデメリット
一部執行猶予は、全部実刑に比べて刑務所に服役する期間が短くなる点がメリットといえます。更に、一部執行猶予の場合でも仮釈放は可能と解されていますので、服役期間がより短縮される可能性があります。
また、一部執行猶予に保護観察が付された場合、保護観察所の指導監督の下で再犯防止・改善更生が期待できます。
ことに薬物使用等の罪については、薬物の誘惑の強い実社会の中で、引き続き保護観察所の監督の下で専門的処遇プログラムにより再犯防止・改善更生が図られるでしょう。
一方、一部執行猶予は、満期出所の場合よりも社会生活を送る上で制約があります。
保護観察が付された場合には、全部実刑に比べ(服役期間と出所後の猶予期間の全体を見れば)公的機関の干渉を受ける期間が長くなる点もデメリットといえるでしょう。
なお、一部執行猶予に保護観察が付された場合、保護観察の遵守事項に違反したときには、執行猶予が取り消される可能性があります。
(2) 一部執行猶予を主張する際に弁護士がしてくれること
一部執行猶予は、全部実刑よりも服役期間が短くなるとはいえ、残りの刑の執行猶予期間中は(保護観察が付されない場合でも)完全な自由の身ではありませんので、一部執行猶予を主張する場合には被告人の意思と希望を尊重すべきといえます。
特に一部執行猶予に保護観察が付された場合、執行猶予期間中に保護観察を受け続けることを負担に感じる被告人もいるでしょうから、被告人に制度の趣旨やメリット・デメリットだけでなく、保護観察が付される見通しも含めて十分説明し被告人の意思を確認して方針を立てることになるでしょう。
(なお、一部執行猶予では基本的に保護観察が付されると考えられていますので、弁論においては保護観察について言及する必要があります。)
保護観察所の専門的処遇プログラムが存在しない犯罪、例えば窃盗罪については、民間の医療機関でクレプトマニア(窃盗癖・窃盗症)の治療を行っているところがありますので、一部執行猶予を主張する場合には、弁護士は裁判官にその治療プログラムの内容等を説明します。
とは言え、再発防止のためのプログラムが用意されていても、被告人にそのプログラムを受ける意欲がなければ社会内での更生も難しくなりますので、弁護士としては、裁判官に対して、被告人にプログラムを受ける意欲があることや、家族のサポート体制も整っていることを主張します。
なお、薬物使用等の罪で一部執行猶予を主張する場合、再犯防止・改善更生の観点からこれを積極的に捉える見解もあり得ますが、保護観察期間中は福祉や医療を強制することになるため、一部執行猶予を主張する場合には被告人やその家族とよく話し合い、慎重に検討すべきものといえます。
6.まとめ
一部執行猶予は、一般論としては、被告人の再犯防止と改善更生を促すものといえましょう。
しかし、一部執行猶予が当該被告人にとって有利な判決といえるかどうかについては、被告人の前科や被告人を取り巻く諸々の事情を総合勘案しなければ予測できないともいえます。一部執行猶予の判決の刑が全部実刑の判決の刑より重いのか軽いのか、あるいは同じなのかの議論は続いているのです。
とは言え、罪を犯したことは間違いがなくても、刑務所に入ることは避けたいと考えるのが通常でしょう。
仮に刑務所に入るにしても、短期の方が社会的な影響も少ないです。そこで、刑期の一部を服役した後に残りの刑期が執行猶予となれば、被告人やその家族にとってメリットがあります。
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