執行猶予とは?執行猶予付き判決後の生活|前科、仕事、旅行
何らかの罪を犯してしまい、裁判で懲役刑や禁錮刑の有罪判決の言渡しを受けた場合、直ちに刑務所に入らなければならなくなる場合と、社会内での更生の機会が与えられすぐには刑務所に入らないで済む場合があります。
直ちに刑務所に入らなければならない場合が実刑判決、刑の執行に猶予が付きすぐには刑務所に入らないで済む場合が執行猶予付きの判決と呼ばれます。
今回は、執行猶予付きの判決の概要と、言い渡された後の社会内での生活(前科はつくのか、職業に制限はあるのか、旅行はできるのかなど)について、弁護士が解説します。
1.執行猶予について
まず、執行猶予について詳しく説明します。
(1) 執行猶予とは
執行猶予とは、被告人に有罪判決が下された際、一定期間その執行を猶予し、その期間中に再度罪を犯すなどすることなく無事に期間を経過したときには、刑の言い渡しの効力を失わせ、実際には刑罰を受けることがなくなるという制度です。犯人の自覚に基づく改善更生を図ることに目的があります。
まったく前科のない被告人に執行猶予が付されるのは、懲役又は禁錮3年以下の自由刑、50万円以下の罰金刑の場合です(刑法25条1項)。これらを超える刑期の自由刑、超える金額の罰金刑は執行猶予の対象外です。また、拘留、科料も執行猶予の対象外です。
(自由刑とは、受刑者の身体を拘束することで自由を奪うものをいい、日本においては懲役、禁固、拘留のことです。)
加えて、執行猶予が付くか否かは、その情状により裁判所の裁量で決まります。
この場合の情状とは、犯行動機・目的・犯行態様・被害程度などといった犯罪行為それ自体に関する情状だけでなく、反省状況・示談成立の有無などといった犯行後の事情も総合します。
その上で、犯情が軽微で、刑の執行を猶予することによって自主的な更生が期待できると判断できる場合に、執行猶予が認められます。
また、前科のある被告人に執行猶予付きの判決をするには、上に加えて、以下のどれかの場合に該当する必要があります。
- 前科が罰金刑・拘留・科料であった場合(刑法25条1項1号)
- 前科が執行猶予付きの判決で、その執行猶予期間が経過している場合(刑法27条)
- 前科が実刑判決で、刑の執行の終了(または刑の免除)の日から5年が経過している場合(刑法25条1項2号)
[参考記事]
禁錮・懲役・執行猶予とは?各判決の意味を解説
裁判所が宣告した刑期の一部だけに執行猶予を付す「一部執行猶予制度」(刑法27条の2)というものもあります。例えば、「被告人を懲役3年に処する。その刑の一部である懲役1年の執行を2年間猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に処する。」という判決が確定すると、まず猶予されなかった2年の懲役刑の執行を実際に受けて服役します。その服役が終わった後に、猶予された1年の執行猶予期間が2年開始されます。
執行猶予が取り消されることなく、2年の猶予期間(保護観察)が経過すると、1年分の執行はされないことになります。
参考:刑の一部の執行猶予制度とは?被告人にとって有利な判決なのか
(2) 執行猶予の期間
執行猶予の期間は1年以上5年以下の範囲(刑法25条1項)と決まっています。その期間社会内で誠実に暮らしてもらうことを期待して罰金の納付や刑務所に収監することを猶予するということになります。
猶予期間も上記の範囲内で裁判所の裁量に委ねられています。
なお、最長の期間である執行猶予5年の場合とは、犯情がかなり悪質で実刑判決になってもおかしくはないレベルと考える方が多いようですが、必ずしもそうではありません。
猶予期間の長短は、言い渡された刑の軽重に比例する必要はなく(大審院昭和7年9月13日判決・大審院刑事裁判例集11巻1238頁)、例えば、必ずしも犯情が悪くなくとも、「犯罪に流れやすい被告人の性格を考慮して、再度の犯罪に手を染めることを長く防止する観点から、むしろ被告人のために、あえて長期の猶予期間を言い渡す」ことも珍しくはありません。
(3) 執行猶予中に事件を起こしたら
執行猶予期間中に何らかの刑事事件を起こして禁錮刑・懲役刑の実刑判決となった等の場合には、執行猶予が取消されて(刑法26条)刑務所に収容されます(執行猶予の必要的取消し)。
つまり、もしA罪の執行猶予期間内にB罪を犯し、B罪に対し実刑判決を受けた場合には、前回のA罪の執行猶予は取消しとなります。A罪が自由刑判決であったなら収監されることになり、A罪が罰金刑であったなら納付しなければなりません。
さらに、執行猶予中の犯罪だということが重視され、B罪についても厳しい判断(多くの場合は実刑判決)がなされます。
A罪が自由刑であったときは、A罪の刑期とB罪の刑期が合算された長い期間、服役することになります。
なお、執行猶予といってもあくまで有罪判決ですので、当然前科はつきます。
ただし、猶予期間を過ぎれば、判決の効力は失効し(刑法27条)、有罪判決は法的になかったことになります。このため、その後は、前科に伴う職業制限などの制約は受けなくなります。
もっとも、検察が収集・保管している犯歴データとしての前科は、有罪判決が確定したという事実の記録ですので、猶予期間を過ぎてもなくなりません。
このため、猶予期間経過後に犯罪を犯した場合、過去に執行猶予付き有罪判決を受けた事実があることはすぐに判明します。当然、起訴・不起訴などの判断や量刑上の判断にあたって、不利な事情として考慮される危険があります。
執行猶予中に罪を犯して有罪判決を宣告される場合でも、「情状に特に酌量すべきものがあるとき(刑法第25条2項)」には、もう一度だけ執行猶予付き判決の言い渡しができる、と定められています。これが「再度の執行猶予」です。
再度の執行猶予判決の場合には、執行猶予は保護観察付きとなります(見出し3を参照)。
しかし、一度執行猶予としてやり直す機会を与えられたにも関わらず、再び罪を犯してしまったわけですから、この規定によって再度の執行猶予付きの判決を受けることは容易ではありません。
また、再度の執行猶予を言い渡すには、初回の執行猶予判決で保護観察に付されておらず、言い渡す懲役刑・禁錮刑の期間が1年以下の場合に限定されています。初回と異なり、罰金刑は再度の執行猶予の対象外なのです。
2.執行猶予中の生活
次に、執行猶予中の生活について説明します。
(1)執行猶予中の職業制限・資格制限
執行猶予付き判決により、医師や弁護士、教員などの一部の資格が取消されたり、当然に失われたりすることがあります。
また、執行猶予中は一部の資格を取得することができなくなったりします。どの資格が取得できないか等は資格により異なりますので、当該試験の担当機関に問い合わせてみましょう。
[参考記事]
前科があると就職に影響するのか?
なお、公職選挙法や政治資金規正法違反の犯罪によって公民権を停止される場合以外は、執行猶予中であっても選挙権を失うことはありません。
(2) 執行猶予中に海外旅行・海外出張
執行猶予中の生活について、保護観察処分に付されていない限りは、どこかへ行ってはいけないという制限はありません。
ただ、海外に出国する際に問題が起きる可能性があります。
まずパスポート(旅券)の発給を受けられるか否かが問題ですが、旅券法によると、自由刑の執行猶予期間中の者は、外務大臣の裁量によって発給を拒否できると定められています(旅券法13条1項4号)。
ほとんどの場合、問題なく発給されますが、保護観察処分に付されている者は、一定の住居に居住する義務を課され(更生保護法50条1項4号)、転居や7日以上の旅行は保護観察所の許可を得なくてはなりませんから(同50条1項5号)、保護観察所の意向により、発給されない場合もあります。
[参考記事]
前科がつくと海外旅行に行けない?パスポートへの影響とは
執行猶予中の者が海外渡航した場合に、その入国を認めるか否かは、渡航先の国次第です。
渡航先がビザを必要とする場合(短期間の観光旅行などでは、ビザが不要である国が多くあります)には、ビザの取得の際に、犯罪歴証明(最寄りの警察署で発行してもらいます)を提出することがあります。
執行猶予中であることを理由にビザをもらえない場合もあれば、ビザはもらえたものの、いざ渡航先に着いてから入国審査で入国を拒否されるというケースもあります。
渡航先国家の方針は世界情勢やその国の国内情勢にも左右され、常に同じではありませんから、こればかりは正確に予測をすることは困難です。
泉総合法律事務所の弁護士も、大使館に前科者のビザの取得について何度か確認したことがあるのですが、答えは決まって「ケースバイケースです」でした。そのため、どういう罪が影響するかはなんとも言えません。今までの経験では、薬物の売人といった特殊なものでなければ、問題は生じない印象があります。
どちらにせよ、執行猶予中には海外出張が困難になりますので、そのような仕事の場合には影響があるかもしれません。
なお、ビザの申請は多くは会社で取り付けるかと思いますが、ビザの必要書類に犯罪歴証明があると、それを会社に提出してのビザ取得となりますので、過去の犯罪が会社に判明してしまうことがありえます。
(3) 執行猶予付き判決が周囲にバレる可能性
マスコミによる報道がない限り、執行猶予の有無を問わず、有罪の判決を受けたことが周囲に伝わることはないと思います。
また、一般の民間会社には前科・前歴を調べる手段はありませんので、執行猶予中に再就職の活動をする場合も、自ら申告しない限り、執行猶予中の身であることが知られてしまうということも考えにくいです。
[参考記事]
前科や犯罪歴を自分で調べる方法は?家族・他人に知られたくない!
例外は、公務員です。国家公務員も地方公務員も、禁固や懲役などの自由刑の有罪判決の確定は失職事由ですので、判決が確定すれば、検察庁から被告人の職場に対し連絡がなされ、失職します。
また前科の内容は、検察庁から市区町村に連絡され、通称「犯罪人名簿」に登録されますので、執行猶予期間中の者が公務員として就職しようとする際には、就職希望先の官公署から市区町村に対して前科の有無について照会が行われます。
ここで前科が明らかとなる場合があり、その場合当然に就職は拒否されます。
報道をされてしまっている場合には要注意です。公務員、教職員、大企業会社員、公益企業社員(私鉄、電力、ガス会社など)、医師、歯科医師、弁護士など公的資格者、重大事件などの場合には、テレビなどマスコミ報道されることが多くなります。
また、最近は、インターネット独自のニュース報道などで、従来ならば報道されなかったと思われる刑事事件も報道されるようになってきています。
3.保護観察付きの執行猶予について
最後に、保護観察付きの執行猶予について説明します。
執行猶予付きの判決では、保護観察といって、執行猶予中、保護観察官や保護司の方からの指導監督を受けることを義務づけられる場合があります。
これは、繰り返し罪を犯している人や、何らかの理由で家族等だけでの監督では社会内での更生が困難と判断された場合につけられます。
保護観察が付された場合には、定期的に保護観察官等との面接が実施されます。
また、覚せい剤の事件の場合には、再犯防止のための特別なプログラムの受講や、簡易薬物検出検査なども実施されます。
保護観察付きの執行猶予期間中に、再び犯罪を犯して有罪判決を受けた場合には、単なる執行猶予判決と異なり、再度の執行猶予判決の制度はありません(刑法25条2項但書)(必ず実刑判決になります)。
【参考】実刑判決と執行猶予付判決の違い
4.不起訴を目指すなら泉総合法律事務所へ
以上のように、執行猶予つきとはいえ、起訴されて有罪判決を受けると様々な制限が設けられてしまいます。
したがって、まず起訴を回避することが重要です。もっとも、起訴されてしまったとしても執行猶予付き判決を得れば、ある程度社会生活を今まで通り営むことができます。それらのためには、早い段階からの被害者との示談が重要です。
犯罪を犯して逮捕されてしまった場合には、刑事弁護の経験が豊富な泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。
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