黙秘権とは?黙秘権を行使するメリット・デメリット
犯罪の疑いをかけられると、身柄拘束の有無にかかわらず、警察官・検察官から「取り調べ」を受けることになります。
「取り調べ」と聞くと、「黙秘権」という言葉を思い浮かべる方は多いと思います。
では、そもそも黙秘権とはどのような権利なのでしょう。
黙秘権を行使することでメリット・デメリットはあるのでしょうか。
ここでは、まず黙秘権について一般的な説明をした上、黙秘権の行使のメリット・デメリットついて説明します。
1.自己負罪拒否特権が認められる理由
「黙秘権」と似た言葉に、「自己負罪拒否特権」という言葉があります。まずは、ここから説明をしましょう。
憲法は、「何人も、自己に不利益な供述は強要されない。」と定めています(憲法38条1項)。これを「自己負罪拒否特権」と呼びます。
自分に不利益な事実の供述を強要することは、人間性に反する行為で、個人の尊厳を害するからです。
ただ、罪を犯したなら、進んでそれを話すべきであって、話すことを拒否する権利を認めるのはおかしいと思われがちです。
しかし、このように、「過ちを自ら明らかにするべき」という考え方は、洋の東西を問わず、自白の強要も当然に許されるという思想につながり、その手段としての拷問や、その結果としての冤罪という、数多くの人権侵害を生み出してきました。
その歴史的な反省から生み出されてきたものが「自己負罪拒否特権」であり、米国憲法を経由して、我が国に導入されたものです。
ところで、憲法が「何人も」と定めるように、この権利は、被疑者や被告人だけのものではありません。どの国の司法制度でも、被害者や目撃者などの第三者であっても、法廷に証人喚問されれば、出頭し、宣誓のうえ、質問に答えて証言する義務を課せられ、拒否すれば処罰されます(刑訴法151条、161条)。
しかし、自己負罪拒否特権が保障されているので、質問がその証人の刑事責任など、証人に不利益な事実にかかわるのであれば、証言を拒否することができます。
原則として証言する義務があるのに、自己負罪に関しては義務を免れるので、これを自己負罪拒否「特権」と呼ぶのです。
刑訴法は、この憲法の趣旨を受けて、「何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。」(刑訴法146条)と定めています。
2.被疑者・被告人の黙秘権
(1) 被告人の黙秘権
被告人は、「終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。」(刑訴法311条1項)とされており、自己に不利益な供述か否かにかかわらず、一切の供述を拒否することが認められています。
これは憲法の自己負罪拒否特権を拡大したものと理解するのが通説ですが、そもそも被告人には証人適格がなく、証言する義務を負わないことから、義務を免れる「特権」ではなく、本来的に供述を拒否しうる「権利」として「黙秘権」と呼ばれるのです。
(2) 被疑者の黙秘権
起訴前の被疑者については訴訟法上このような明文はありません。
しかし、憲法の保障は当然に被疑者にも及んでいますし、身柄拘束の有無を問わず、被疑者の「取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」(刑訴法198条2項)とされていることから、被疑者も被告人と同じ黙秘権が保障されると理解されています。
3.黙秘権を行使するメリット
(1) 高圧的な取り調べをストップ
被疑者の弁解が真実なのに、一切聞く耳を持たない捜査官は珍しくありません。
被疑者がどんなに否定しても、「お前が犯人だ」と決めつけ、「嘘ばかり言っているんじゃない」「早く認めろ」と何度も迫る旧態依然の取り調べは、未だ珍しくありません。
何を言っても聞いてもらえない絶望感は、被疑者に「もう認めてしまおうか」「早く楽になろう」という危険な気持ちを起こさせてしまいます。
このように、何を言っても聞いてもらえないときは、何も言わない黙秘権を行使することが、「最大の反撃」になります。
黙秘権行使は、被疑者の有する最大の武器であり、捜査官の不当な行為を牽制する手段にもなるのです。
(2) 誘導にのせられることを回避
捜査官は取り調べのプロです。あの手この手で、被疑者を有罪とする供述調書を作成しようとします。
例えば、友人から渡された手造りの紙巻きタバコがまさか大麻だとは思わなかったのに、大麻所持罪で逮捕されてしまったという場合、あなたがいくら「大麻だとは知らなかったし、教えられていない」と言っても、捜査官は嘘だと考えています。
そして、「私は、友人から渡された物が、違法な薬物かもしれないと思いましたが、それでも構わないと思って所持していました」という「未必の故意」を認める供述調書をとられてしまうのです。
被疑者には、捜査官の言葉のうち、どれが危険な誘導かを判断することはできません。
このような誘導に乗らないためには、黙秘することがもっとも有効な防御方法なのです。
(3) あいまいな記憶での調書をとらせない
身柄拘束中の取り調べでは、被疑者は、自分の過去のスケジュール帳や日記を見ながら質問に答えることはできません。
しかし、過去の自分の行動を全て正確に記憶していることなどあり得ませんから、正直に記憶どおり話しているつもりでも、往々にして誤った記憶に基づく供述、事実を誤解した供述、客観的証拠と矛盾した供述をしてしまう場合があります。
例えば、記憶に基づいて「その日は、18時に定食屋で食事をしていた」と供述したものの、実はその日、その定食屋は休業していた事実が明らかとなったなら、かえって嫌疑は深まってしまいます。
あいまいな記憶に基づいて供述することの危険を回避するには、黙秘権を行使することが有効なのです。
(4) 有利な証拠、証人を潰されることを回避
あなたが取り調べに応じて、「そのときは、私だけではなく、知り合いのAさんも店内にいたから、私が何もしていないことはAさんに聞いてくれればわかるはずです」と自己に有利な証人や証拠の存在を明らかにしたとします。
当然、警察はAさんを参考人として取り調べるでしょう。
しかし、残念ながら、Aさんの話を偏見を持たずに聴き取ってくれる捜査官ばかりではありません。
「被疑者を庇うのは、共犯だからだろう」などと言われて、事実を話せなくなってしまうこともあり得るのです。
自分に有利な証人や証拠物を潰されてしまわないために、黙秘して証拠の手掛かりを与えないことも防御のひとつです。
(5) 捜査の手掛かりを与えない
捜査機関が被疑者を取り調べるのは、被疑者の供述から事件の内容を知りたいからです。
どんなに物証のある事件であっても、当事者ではない捜査機関が過去の事実を詳細に知ることは不可能です。必ず、物証と物証を結びつけるための被疑者の説明が必要になります。
黙秘権を行使することは、捜査機関に、それ以上の捜査を進める手掛かりを与えないことになります。
特に身柄拘束を受けている場合は、黙秘して23日間内の証拠収集を阻止できれば、嫌疑不十分での不起訴か、最低でも処分保留での釈放を勝ちとれる可能性があります。
4.黙秘権を行使するデメリット
黙秘権を行使するデメリットとしては、以下のようなものが考えられます。
しかし、これらはあくまで誤解であることも多いのでご注意ください。
(1) 取り調べが苛烈になる?
黙秘権を行使すると、警察官、検察官を問わず、捜査官は怒ります。捜査側の目には、黙秘権行使は「捜査妨害」と映るのです。
ただ、黙秘権の行使に対して、捜査側はせいぜい説得を試みることしかできません。
無理に話させようとすることは黙秘権侵害となり、せっかく供述をとっても、公判で違法な証拠として排斥されてしまう可能性がありますし、違法捜査として国家賠償を請求されてしまうリスクもあるからです。
(2) 黙秘を理由に逮捕される?
任意の取調べに対して、黙秘したことを理由に逮捕できるのでしょうか?
裁判官が逮捕状を発布するには、①「犯罪の嫌疑(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由)」があり、②「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」でないことが条件です(199条2項)。
まず、黙秘権を行使している事実を情況証拠として、犯罪事実を推認することは許されませんから、黙秘の事実だけで「犯罪の嫌疑」があることにはなりません。
そこで、他の証拠から犯罪の嫌疑が認められることが必要です。
「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」とは、「被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等」の場合とされています(刑事訴訟規則143条の3)。
被疑者が素直に自白している事実は、逃亡と罪障隠滅の恐れを打ち消す方向に考慮される事情のひとつとなります。
しかし、黙秘している場合は、その事情が存在しないことになります。
したがって、黙秘したからといって、それを理由に逮捕されることはないけれど、自白した場合に比較すれば逮捕の可能性は高くなるという結論になります。
(3) 黙秘を理由に勾留される?
では、逮捕後、黙秘を理由に勾留することはできるのでしょうか?
裁判官の勾留状は、「犯罪の嫌疑(罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由)」があり、①住居不定の場合、②罪証隠滅の恐れがある場合、③逃亡の恐れがある場合であって、始めて発布されます(60条第1項、207条1項)。
ここでも、逮捕の場合と同じく、自白してプラスとした場合よりは、黙秘により勾留される可能性が高くなることは事実です。
(4) 黙秘を理由に起訴される?
では、黙秘を理由に起訴されてしまうことはあるのでしょうか?
起訴するか否かは、検察官の広範な裁量によって判断されます。その際、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」(248条)といった幅広い事情が考慮されます。
ここでも自白をしている場合は、反省・改悛の情が顕著であり、訴追を必要としないという方向に傾く事情となりプラスですが、黙秘していれば自白した場合よりも起訴される可能性は高くなります。
(5) 黙秘を理由に保釈してもらえない?
では、起訴後、保釈申請した場合に、黙秘を理由に保釈が認められないことがあるのでしょうか?
権利保釈の除外事由の中には、罪証隠滅の恐れ(89条4号)と、証人威迫の恐れ(89条5号)があり、また裁量保釈の考慮事由にも逃亡と罪障隠滅の恐れの程度があげられています(90条)。
したがって、ここでも黙秘権行使を理由として逃亡と罪障隠滅の恐れを認めることは許されませんが、自白した場合に比べて、保釈が許されない可能性は高くなります。
(6) 黙秘を理由に有罪になる?
では、公判での黙秘を理由に有罪とされてしまうことはあるのでしょうか?
逮捕や勾留の局面で、黙秘の事実から犯罪の嫌疑を認定してはならないのと同じく、被告人が、黙秘している事実を情況証拠として、公訴事実を推認することは許されません。
不利益な推認を避けるために供述せざるを得ないのであれば、供述を強制していることと同じになってしまうからです。
実際、殺人罪の被告人が、逮捕から公判まで終始一貫して一切弁明せずに黙秘した態度を、殺意を認定するためのひとつの情況証拠として扱うことは、黙秘権の趣旨を実質的に没却することになり、許されないとした裁判例もあります(※札幌高裁平成14年3月19日判決)。
(7) 黙秘を理由に量刑が重くなる?
では、黙秘を理由に量刑を重くされてしまうことはあるのでしょうか?
裁判官が具体的な刑を判断する際に考慮する量刑資料を定めた明文はなく、検察官の起訴・不起訴の考慮要素である「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」(248条)と同じく幅広いものと理解されています。
黙秘の事実を、これら量刑資料のひとつとして不利益に考慮できるかについては、肯定する立場と否定する立場があり、裁判例も分かれています(※)。
※肯定する裁判例(高松高裁昭和25年5月3日判決・高等裁判所刑事判決特報10号160頁)
※否定する裁判例(東京高裁昭和28年12月14日判決・高等裁判所刑事判決特報39号・221頁)
現在は、否定する立場が一般的と評されています(※「新基本法コンメンタール刑事訴訟法(第3版)」(日本評論社)427頁)。
黙秘の事実を量刑上、不利に取り扱うことはできない、すなわち「黙秘したから重く処罰する」ことは否定するのです。
しかし、これは黙秘権を行使した場合と自白した場合を同じ量刑とする趣旨ではないことに注意してください。
自白は反省・悔悟を強く示す資料であり、黙秘していれば自白している場合よりも、量刑が重くなってしまうのは仕方ないと考えるのです。「不利には扱わないが、有利にもならない」と表現されます。
(もっとも、結局、自白した場合よりも刑が重くなってしまうならば、黙秘権行使を不利益に扱っているのと何ら変わりはないではないかという疑問も消せないところです。)
5.まとめ
黙秘権の行使には、メリット・デメリット両方があります。
黙秘権を行使したほうが良いかどうかは事案によって違いますし、同じ事案でも手続の局面によって異なります。弁護士の助言を受けながら、判断するべきものです。
泉総合法律事務所は、刑事弁護経験が豊富で、刑事弁護のご依頼があれば、迅速に面会にかけつけ、黙秘権行使を含めたアドバイスをできる体制を整えています。是非、当事務所の弁護士に刑事弁護をご依頼ください。