暴力事件 [公開日]2021年10月29日

侮辱罪の法改正

近年、SNS等のインターネット上における誹謗中傷問題が、よく報道で取り上げられ議論されます。そこで、法務省の法制審議会では、侮辱罪の法定刑を引き上げる方向で議論が進められています。

この記事では、侮辱罪について、現行法の問題点と改正等について解説します。

1.侮辱罪とは

誹謗中傷は侮辱罪に該当します。ここでは、まず侮辱罪の要件について説明します。

(1) 侮辱罪の要件

侮辱罪は刑法231条に規定されています。

刑法231条
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

侮辱罪の保護法益は「人の社会的な評価」であり、これを害する危険ある行為を処罰するものです。

「事実を摘示しなくても」とあえて記載されているのは、同じく人の社会的な評価を害する犯罪として前条で規定されている名誉毀損罪が、評価を低下させる「具体的事実」を指摘することを要件とする犯罪であるのに対し、侮辱罪では、これを要件としないことを明らかにするものです。この点の詳細は後述します。

「公然」とは、不特定又は多数人が知りうる状態をいいます。SNSや匿名掲示板は、不特定・多数の者が閲覧可能なサービスなので、そこに何らかの投稿をした場合、この要件を充足します。当然ながら、投稿者が匿名であっても、この要件を充足します。

また、SNS上の鍵垢(ユーザーが許可した特定の者のみ、投稿が閲覧できる仕組みを採用したアカウント)での投稿であっても、多数人が見ることが可能なので、公然性があるといえるでしょう。

他方で、本人に対し直接DM(ダイレクトメッセージ)を送り相手を誹謗中傷した場合、公然性の要件を充足しません。実質的に考えても、侮辱的表現を被害者に伝えただけでは、被害者の名誉感情を害するにとどまり、社会的な評価が下がる危険はありませんから、処罰の必要性はありません。

「侮辱」とは、他人に対する侮蔑的な価値判断を表示することで、具体的な事実の摘示に至らない誹謗中傷行為、簡単に言えば悪口です。「~はバカだ」「~は死ね」といったものは全て侮辱にあたります。

(2) 名誉毀損罪との違い

侮辱罪と名誉毀損罪は、共に人の社会的評価を保護法益とする、とてもよく似た犯罪です。

刑法230条
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

両罪の違いは、摘示内容が具体的事実についてか、具体的事実についてではないかにあります。同じく被害者の社会的評価を低下させる危険のある行為でも、具体的な事実を指摘する行為の方が、より評価を下げる危険が大きいことから、名誉毀損罪の方が法定刑が重いのです。

摘示した事実が、真実であっても真実でなくても、名誉毀損罪は成立します(公共の事項に関する例外はありますが、ここでの説明は割愛します)。

「~は悪徳商法で私財を蓄えている」「~は妻子あるのに不倫している」などと言いふらす行為、SNS等に投稿する行為は、名誉毀損罪が成立する可能性があります。

[参考記事]

名誉毀損罪・侮辱罪とは?不起訴処分に向けた弁護活動

2.現行法の問題点

侮辱罪についての概要は理解していただけたと思います。次に、現行の侮辱罪の問題点について解説します。

(1) 法定刑

現行の侮辱罪の法定刑は、拘留又は科料です。拘留とは、1日以上30日未満の間、刑事施設に身体拘束されることをいいます。科料とは、1000円以上10000円未満の金銭を支払うことをいいます。

法務省の資料によると、平成28年から令和2年の5年の間に、侮辱罪で拘留に処された者はいません。
そのため、侮辱罪を犯して起訴されても、軽い交通違反の反則金程度の金銭を支払えば事件は終結することとなります。

参考:法制審議会―刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会 第1回会議 配布資料2

侮辱罪の法定刑を見て、誹謗中傷は人を死に至らしめることもあるのに、侮辱罪の法定刑はいくらなんでも軽すぎるという声が上がるのは仕方がない事といえます。

名誉毀損罪の法定刑が3年以下の懲役又は50万円以下の罰金であることと対比すると、刑法は侮辱罪をとても軽い犯罪としていたことがはっきり分かると思います。

また、実際の運用では、当該表現が具体的事実の摘示と言えるかどうかという法的評価の面で、名誉毀損罪に該当するか侮辱罪に該当するかの判断が難しい場合があります。

例えば、「この売国奴!」という表現は未だ具体的事実とは言えませんが、「この者は、令和3年1月1日、東京都青梅市△△町1丁目2番3号にある土地を○○国人に売却しました。売国奴ですね!」という表現は具体的な事実の摘示と言えます。

それでは「土地を売った売国奴」という表現はどうでしょうか?「土地を売った」という、ある行為の表現が含まれているだけで、ただちに事実の摘示として名誉毀損罪で重く処罰するべきとは言い難いところです。

そこで、そのような判定が困難な場合、刑事処分を謙抑的に運用する見地から、侮辱罪での処理にとどめることが多いです。ところが、侮辱罪と名誉毀損罪の法定刑に落差がありすぎるため適切な処罰が図れない状況にあると問題視されています。

(2) 公訴時効

侮辱罪の時効は1年です。したがって、誹謗中傷から1年たてば、お咎めなしということです。

SNS上の誹謗中傷は数多くあり、捜査機関の人員的な限界から、1年で悪質な誹謗中傷行為や発信者を把握、取調等を行うのは不可能です。そのため、時間があれば起訴することが可能であろう誹謗中傷行為者も、現行法の限界から起訴できない状態にあります。

3.現在議論中の改正案

現在、法務省の法制審議会は、侮辱罪の法改正について議論しています。要項によると、侮辱罪の法定刑を①1年以下の懲役②1年以下の禁錮③30万円以下の罰金④拘留⑤科料に変更する方向のようです。

参考:法制審議会―刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会 第1回会議 配布資料1

改正法が成立すれば、悪質な誹謗中傷行為が行われた場合、行為者を懲役刑にするケースもありうることとなります。

また、法定刑の変更により、公訴時効が3年となるので、捜査機関による捜査にも余裕ができます。したがって、以前より侮辱罪で捜査対象となる事例も増えることとなるでしょう。

4.まとめ

侮辱罪の改正についての議論は現在進行中ですが、厳罰化の方向で進んでいると言って間違いありません。そうすると、インターネット上で誹謗中傷をした者は、懲役刑に処されるなど、以前より厳しい処分に科される可能性があります。

また、昨今の流れを踏まえ、改正前においても、侮辱罪で拘留刑が積極的に請求される可能性もあります。

侮辱罪を犯した可能性がある方は、すぐに弁護士に相談して以降の対応を考えましょう。

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