暴力事件 [公開日]2018年1月31日[更新日]2021年1月29日

どこまでが正当防衛か?要件を事例・判例から解説

暴力事件において、「正当防衛なら無罪になる」と認識している人も多いと思いますが、正当防衛の境界線とはどこなのでしょうか。

例えば、ナイフなどの武器を使った場合や、殺人の場合でも正当防衛になる例はあるのでしょうか。

以下においては、正当防衛について事例などに触れながら説明します。

なお、正当防衛と並んで用いられる用語「過剰防衛・緊急避難」につきましては下記コラムをご参照ください。

[参考記事]

過剰防衛・緊急避難とは?正当防衛との違い

1.正当防衛とは

(1) 正当防衛の意義

正当防衛とは、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為のことをいいます(刑法36条1項)。

例えば、相手方に暴行を加え、通常ならばこれに暴行罪・傷害罪が成立する場合でも、正当防衛が成立する場合には、その行為は違法性が阻却されるため、刑事上の責任を負うことにはなりません。

「違法性」とは刑法が守ろうとする「法益」を侵害することです。

例えば、暴行行為は「被害者の身体の安全」という法益を侵害するから違法と評価されます。
しかし、不正の侵害を加えてきた加害者の法益を守る必要はありませんし、これに反撃することは社会的にも相当ですから、違法とは評価されないのです。

(2) 正当防衛の要件

では、正当防衛の成立要件はどう定められているのでしょうか。

①急迫不正の侵害があること

㈠ 急迫の意義

「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、又は切迫していることをいいます(最判昭46.11.16刑集25・8・996)。

急迫性が要件となっているのは、法治国家では、過去や将来の侵害に対しては公的機関に救済を求めるべきで、自力救済は認められないからです。

したがって、例えば相手方から足を殴打され、その侵害が一応終わった後、相手の頭を強打して死亡させたときは正当防衛となりません(大判昭7.6.16刑集11・866)。

㈡ 不正の意義

「不正」とは、それが違法であることをいいます。

例えば警官が逮捕のために窃盗犯の腕を掴むことは正当な職務行為として違法ではありませんから、不正な侵害とは言えず、これに反撃することは正当防衛とはならず公務執行妨害罪が成立します。

㈢ 侵害の意義

「侵害」とは、自己の権利・利益に対する実害又はその危険を生じさせる行為をいいます。
故意・過失、作為・不作為のいかんを問いません。

②自己又は他人の権利を防衛するための行為であること

㈠ 権利の意義

「権利」とは、広く法益を意味します。生命身体の安全や財産権のような個人的法益のみならず、例えば国家機密を漏洩しようとする行為に反撃したり、健全な社会風俗を害する公然わいせつ行為に対して反撃したりといった、国家的法益又は社会的法益に対する正当防衛も可能とする考えもあります(反対説も有力です)。

判例でも、全国的なストライキをやめさせるために、スト指導者を傷害した事件において、抽象論のレベルですが、これを認めたものがあります(最判昭24.8.18刑集3・9・1465参照)。

㈡ 防衛の意義

「防衛」とは、侵害を排除することです。それは、侵害者に対して向けられなければなりません。正当防衛は「正対不正」の関係を予定しているからです。
侵害者以外の第三者に向けられたものは、緊急避難としてのみ許されます。

例えば、道路上を歩行していた甲が、自分目掛けて暴走してくるオートバイを認め、道路外に逃れようとして、逃げ道を塞ぐ形となったAを突き飛ばして転倒させた場合は、Aに対する関係で緊急避難となることはあり得ても、Aに対する正当防衛となることはありません。

㈢ 防衛するための意義

「防衛するため」と言い得るためには、主観的に「防衛の意思」を必要とすると解するのが学説上の通説ですし、判例もその立場にあります(大判昭11.12.7刑集15・1561等)。

この立場だと、例えば相手に暴行を加えたが、たまたま相手も自分を暴行しようとしていた場合などには、防衛の意思を欠くことになるため、正当防衛が成立しません。

防衛の意思さえあれば、たとえ、憤激・憎悪などの感情が伴っていても正当防衛となり得ます。前掲の昭和46年判例では、防衛行為には、防衛の意思が必要だが、相手の加害行為に対し憤激又は逆上して反撃を加えたからといって、直ちに防衛の意思を欠くものではないと判示しています。

そして、攻撃の意思と防衛の意思が併存する場合でも同様とされています。

判例(最判昭50.11.28刑集29・10・983)では、防衛に名を借りて積極的に攻撃を加える行為は、防衛の意思を欠く結果、正当防衛と認めることはできないが、防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合は、防衛の意思を欠くものではないので、これを正当防衛と評価できると判示しています。

このように、判例のいう防衛の意思とは、憤激・憎悪の感情や攻撃の意思と両立するものなので、侵害を認識して反撃した場合には、通常は、ほとんど防衛の意思が認められることになると考えられます。

③やむを得ずにした行為であること

「やむを得ずにした」とは、防衛行為の相当性、すなわち、反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味します(最判昭44.12.4刑集23・12・1573)。

この昭和44年判例は、以下のように判示しています。

「『やむを得ずにした行為』とは、急迫不正の侵害に対する反撃行為が、自己又は他人の権利を防衛する手段として必要最小限度のものであること、すなわち反撃行為が侵害に対する防衛手段として相当性を有するものであることを意味するのであって、反撃行為が右の限度を超えず、したがって侵害に対する防衛手段として相当性を有する以上、その反撃行為により生じた結果がたまたま侵害されようとした法益より大であっても、その反撃行為が正当防衛行為でなくなるものではないと解すべきである」

したがって、「やむを得ずにした」とは、あくまでも行為の相当性を意味するのであって、結果の相当性を意味するわけではありません。そのため、相当な防衛行為をしたが、たまたま相手方に重大な結果が発生した場合でも、相当性は否定されません。

行為が相当性を有するか否かは、侵害にさらされている法益の種類や、侵害行為の態様や激しさ、侵害者の凶悪性・危険性、侵害行為による被害が事後において回復が可能であるかどうか、防衛行為の態様や危険性等、諸々の事情を総合的に判断するほかありません。

[参考記事]

過剰防衛・緊急避難とは?正当防衛との違い

【喧嘩で正当防衛は成立し得る?】
喧嘩と正当防衛の成否ということも議論されています。
喧嘩において、双方が攻撃及び防御を繰り返す一連の連続的行為の一コマをみる限り、その一方が専ら攻撃、他方が守勢の様相を呈しているものの、次の一コマでは、その逆になっているのであって、全体的に観察するならば、双方の行為はいずれも攻撃行為の一環をなし、したがって、一般的には、相手方に対する不正な侵害がないとして正当防衛の成立を否定すべきであると解されます(最大判昭23.7.7刑集2・8・793参照)。
もっとも、正当防衛が成立する余地が全くないわけではなく(最判昭32.1.22刑集11・1・31)、例えば、素手で殴り合っていたところ、一方が突然ナイフを出してかかってきたなど、それまでの事態を一変するような強度の攻撃に及んだような場合は、正当防衛が成立する余地が出てくると考えられます。

2.正当防衛に関する最近の判例

次に、正当防衛に関する最近の具体的な判例をご紹介します。

(1) 自招侵害

自招侵害、すなわち自らの行為によって相手方の侵害を招いた場合の反撃が正当防衛として許されるかという問題についての判例です。
事案は次のとおりです。

被告人は、ごみ捨てのことで自転車に跨がったままの相手方Aと口論となり、いきなりAの左頬を手拳で1回殴打して走って立ち去ったが、Aは自転車で被告人を追いかけ、被告人に追いついて、自転車に乗ったまま、被告人の背中付近を殴打した。

これに対し被告人は、Aの攻撃によって前方に倒れたが、起き上がり、護身用に携帯していた特殊警棒でAの顔面等を殴打し傷害を負わせた。

「Aから攻撃された被告人がその反撃として傷害行為に及んだが、被告人は、Aの攻撃に先立ち、Aに対して暴行を加えているのであって、Aの攻撃は、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、Aの攻撃が被告人の上記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の上記傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」

として、正当防衛の成立を否定しました(最決平20.5.20刑集62・6・1786)。

(2) 侵害の予期と急迫性

そもそも侵害を予期していた場合に正当防衛となるかという問題についての判例です。

被告人は、知人Aと何度も電話で口論をしていたところ、Aからマンションの下に来ていると電話で呼び出され、刃体の長さ13.8cmの包丁を持って自宅マンション前路上に行き、ハンマーで攻撃してきたAの左側胸部を、殺意をもって包丁で1回突き刺して殺害した事案です。

「行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく(前掲昭和46年判例参照)、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。

具体的には、事案に応じ、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(前掲昭和52年判例参照)など、緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容した36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである」

として、正当防衛及び過剰防衛の成立を否定しました(最決平29.4.26刑集71・4・275、判時2340・118)。

3.まとめ

以上、正当防衛について、判例を参考に解説しました。

何らかの事件に巻き込まれそうになった場合、正当防衛のつもりで対処しても警察に逮捕・起訴されてしまう可能性があります。

正当防衛の主張は、しっかりとした法的根拠を基に主張しなければなりません。いつ刑事事件に巻き込まれるかは分かりませんので、逮捕されたらお早めに刑事事件に強い泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。

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