痴漢で職場を解雇されたくないという方へ~知っておくべきこと
【ケース】
帰りの満員電車で隣の女性のお尻をスカートの上からなでてしまい、「痴漢です!」と女性に腕を掴まれてしまいました。次の駅で降ろされ駅員室へ行き、警察署にもつれて行かれ取り調べを受けました。
逮捕されるのかと思ったら、「今日は家に帰ってよろしい。後で、呼び出しの電話があったら、必ず出頭するように」と念を押されて解放されました。
でも、痴漢をしたことが会社にバレて解雇されるのではないか、裁判にかけられて刑務所に入ることにならないか、とても心配です。
犯した過ちに対する反省や後悔、将来に対する心配など、痴漢事件を相談される方の多くは恐ろしさや不安がつきない日々を過ごされています。そんな方にまず意識していただきたいのは、「なんとしても解雇は避けなければならない」ということです。
今回は、痴漢事件を起こした人に対して下される処分や、関連する手続の流れなどを解説しつつ、どうすれば解雇を避け、不利益を小さくできるのかを説明していきます。
1.痴漢したら解雇される?
痴漢は犯罪です。犯罪行為に手を染めてしまった人に対する社会や組織の対応は厳しいのが通例で、即解雇と言われてもおかしくないような気がするかもしれません。
実際は、即座に解雇となるわけではなく、勤務先の就業規則などによります。また、どのような経緯で会社が知る事になったかなども判断者の心象に大きな影響を与えるため、重要な要素となります。
今回のケースの場合、一度取り調べを受けて解放されていますが、後で会社に連絡が行ったりするのか、大いに不安に思われることでしょう。まずはそのあたりの話から解説します。
2.痴漢が職場にバレるのは何故?
解雇などの不利益は、痴漢行為を職場に知られるところから始まります。
ところが、冒頭のケースのように、衣服の上から身体を触った痴漢行為の場合は、身元がはっきりしていれば、まず逮捕されることはありません。
では逮捕もされていないのに、痴漢行為が職場にバレてしまうケースとはどのような場合でしょうか。
(1) 捜査のために連絡が行く場合
警察は必要もなく痴漢行為をした方の勤務先に連絡をすることはありませんが、捜査の必要上、やむなく勤務先に連絡をせざるを得ない場合があります。
たとえば、同僚と一緒に飲んだ帰りに痴漢行為をした場合、どの店でどのくらい飲んだのかを、同僚に聞かなくてはならないケースがあります。
(2) マスコミが報道した場合
マスコミが実名報道をして、職場に知られてしまう場合があります。これには、2種類があります。
まず、警察の公式発表です。教職者、医師、市長、議員、公務員のような社会的地位の高い者の犯行や、痴漢撲滅運動の期間中だった場合、警察の判断で発表されてしまいます。
次は、マスコミによる積極的な取材(いわゆる「サツ回り」)の結果、事件を知られてしまうというケースです。
事件記者は警察署で何か事件がないか探します。
他に大事件があれば、痴漢行為など記事にもなりませんが、タイミングが悪く記事となってしまうことがあるのです。
(3) ネットで動画を流されてしまった場合
痴漢行為で任意同行される場面を、スマホで撮影され、動画をネットに流されてしまい、職場に知られてしまう危険もあります。
3.痴漢発覚後の勤務先での処分と手続の流れ
勤務先に痴漢行為が知られてしまった場合、その後どうなるのでしょうか。
特に解雇に焦点を当てて解説します。
また、解雇以外にも、そもそもどういう罰が科されうるのか、手続の流れがどうなるのかなども、ご不安が多い部分です。そのあたりも少し解説しましょう。
(1) 民間企業では
通常、民間企業では、「会社の名誉、対面、信用を毀損したとき」、「不名誉な行為をして会社の対面を汚したとき」を懲戒事由として就業規則に定めています。
そして、業務と無関係な私生活上の行いであっても、痴漢などの犯罪行為は、会社の体面を汚した、信用を毀損したとして、懲戒解雇を含む懲戒処分がなされることがあります。
しかし、業務と無関係な私生活上の非行行為を理由とする解雇は原則として無効です。
「不名誉な行為が会社の対面を著しく汚した」と言うには、その行為が会社の社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大であると客観的に評価される場合でなければならない(最判昭和49年3月15日)
と理解されおり、私生活上の非行行為を理由とした懲戒解雇は厳しく限定されているのです。
また、痴漢による解雇の有効性が争われた裁判例では、鉄道会社の社員が、常習的に痴漢を行い、何度も刑事処分を受けたという非常にレアなケースであって、ようやく解雇の有効性が認められています(東高判平成15年12月11日)。
これとは職種も違う会社の従業員が、一回痴漢行為をしただけで、このような例外的なケースに該当することはありません。
したがって、会社が懲戒解雇をしたとしても、それは無効な解雇です。
ただ法的には解雇はできないといっても、痴漢行為が会社にバレれば、解雇その他の懲戒処分をされてしまう実際上の危険があります。
後からその有効性を民事裁判で争うことはそれだけで大変な時間、費用、労力です。争うことができないなら、解雇が無効だと言ってみても、絵に描いた餅です。
ですから解雇されないこと、そもそも会社に知られないことが何よりも重要なのです。
(2) 公務員の場合
公務員の場合は、民間企業よりもさらに厳しい立場となります。
① 国家公務員の場合
痴漢行為で起訴されて禁錮以上の刑に処せられた場合は、たとえ執行猶予がついた場合でも、国家公務員法(38条)が定める欠格事由に該当することになり、当然に失職します(同76条)。
次に、痴漢行為が発覚し、不起訴に終わった場合や罰金刑で済んだ場合は、失職はしませんが、停職または減給の懲戒処分を受けます(人事院「懲戒処分の指針」)。
② 地方公務員の方の場合
地方公務員も国家公務員と同様に、禁錮以上の刑に処せられると執行猶予刑であっても、地方公務員法(16条)が定める欠格事由に該当することになり、当然に失職します(同28条)。
次に、痴漢行為が発覚し、不起訴に終わった場合や罰金刑で済んだ場合でも、懲戒処分の対象となります(同29条)。処分の具体的な内容は、各自治体が定めることになります。
たとえば、東京都では、痴漢行為は免職または停職とされています(東京都「懲戒処分の指針」)。
このように、公務員の場合は、民間企業よりも厳しい対応が予定されています。
(3) 刑罰等の不利益
痴漢行為は、犯罪ですから解雇の危険とは別に刑罰を受ける不利益があります。
具体的には、痴漢行為は、強制わいせつ罪(刑法176条)に問われる場合と、「迷惑防止条例違反」に問われる場合があります。
① 強制わいせつ罪
強制わいせつ罪は、13歳以上の者に対する暴行または脅迫を用いたわいせつな行為や、13歳未満の者に対するわいせつな行為(暴行、脅迫は不要)を対象とします。刑罰は、6月以上10年以下の懲役です。罰金刑はありません(刑法176条)。
② 迷惑防止条例違反
「迷惑防止条例」とは、地方自治体が制定している痴漢や盗撮を禁止する条例の略称です。自治体によって、細かいな違いはありますが、ほぼ同内容の迷惑防止条例が制定されています。
【東京都の例】
「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」
第5条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
刑罰は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金です(8条)。
(4) 迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪の区別
衣服の上から胸や臀部を触っただけの行為なら、迷惑防止条例違反にとどまります。
衣服や下着の中に手をいれて局部などに触る行為なら、強制わいせつ罪に問われる可能性が高くなります。
(5) 在宅事件とその流れ
冒頭のケースのように、迷惑防止条例違反の場合、身元が判明していれば、逮捕まではされずに家に帰されることが大部分です。しかし、無罪放免になったわけではありません。自宅でこれまでと変わりなく生活し、通勤や通学をしている間にも、警察の捜査は続いているのです。これを在宅事件といいます。
迷惑防止条例違反の場合は、在宅のまま捜査した結果、初犯であるなら、略式起訴による罰金刑で終了するケースが大部分です。
略式起訴とは、被疑者が事実を認める場合に簡易裁判所での簡素化された裁判手続(略式裁判)で罰金刑の判決(略式命令)とするものです。
法廷での裁判を受けることは原則としてなく、勾留されていても略式起訴されれば釈放されます。交通違反の反則金と同じような軽い処分と考えてしまう方も少なくありません。
しかし、交通違反の反則金が「行政処分」であり刑罰ではないのに対して、罰金刑は懲役刑と同じ「刑罰」であり、「前科」です。
前科の事実は警察の記録から消えることはありません。死ぬまで残る記録です。
4.解雇されないために何をすれば良いか
痴漢行為には、職場に知られて解雇などの懲戒処分を受ける不利益があること、たとえ罰金刑で済んでも前科となってしまうことを説明しました。
では、これらの不利益を受けないようにするためには、どうすればよいのでしょうか。特に、タイトルでも記載したように「解雇されないために」するためには、何をするべきなのでしょうか。
(1) 早期に示談を成立させる
一番重要なのは、示談を成立させることです。
痴漢事件の示談とは、被害者に対し示談金を支払う代わりに、もはや刑事処分を望まない、寛大な処分を望むとの意見を表明してもらうことです。この意見を記載してもらった「示談書」を作成し検察官に提出します。
示談をするためには、被害者との交渉が必要ですが、警察は、犯人やその家族に対して、被害者の情報を教えません。被害者も、自分の情報を犯人やその家族に教えることは通常は拒否します。
しかし、弁護士に依頼すれば、検察または警察を通じて、弁護士にだけ連絡先を教えてもらえないかという打診をすることが可能です。ほとんどのケースでは、弁護士が間に入ったことで、被害者は安心して警察、検察を通じて連絡先を教えてくれます。弁護士なら、早期に示談交渉をスタートできるのです。
交渉さえ始まれば、痴漢事件の示談は成功する確率が高いです。
示談が成立すれば、不起訴処分となって刑事罰を受けることはなくなります。起訴されてしまえば、罰金刑であっても「前科」となりますが、不起訴処分ならば、前科とはなりません。
不起訴となれば、仮に職場に事実が発覚してしまっても、懲戒される可能性を低めることができます。
示談金は10万円から50万円程度必要となりますが、示談することで前科がつかず、職場から解雇などの処分を受けることも避けられる可能性が出てくるのです。
(2) 呼び出しには誠実に応じ、逮捕勾留を避ける
痴漢行為で警察で取り調べを受けたが、逮捕はされなかったというケースであれば、逃亡や証拠隠滅のおそれがないとみてもらえたと言えます。ですから、後になって逮捕されることはありません。
逮捕、勾留されてしまうと身柄拘束が23日以上に渡る危険があり、長期の欠勤で職場に事実を隠すことが困難になります。
ただし、その後の警察や検察からの呼び出しに応じなければ、必ず逮捕されます。
くれぐれも、もう大丈夫だろうなどと安易に考えてはいけません。
(3) 万一、逮捕されたときは弁護士を依頼するべき
もしも(呼び出しを無視したなど、あなたの対応が悪く)逮捕されてしまったら、大至急、弁護士を依頼するべきです。
弁護士は、検察官に勾留請求をしないよう要請することもできますし、裁判官に対し、勾留請求の却下を求めることもできます。勾留されてしまった後ならば、準抗告という不服申立をして争うこともできますし、勾留期間を延長しないよう申し入れることもできます。
また、弁護士であれば、マスコミに対して報道をしないように要請することも可能です。少なくとも一介のサラリーマンの痴漢行為について、実名報道をする意味も必要性もなく、本人の立ち直りにとって有害でしか無いことを訴えて、匿名報道としてもらうことは十分可能です。