痴漢事件の証拠〜繊維鑑定・DNA・目撃証言〜何が根拠で逮捕されるか
【この記事を読んでわかる事】
- 痴漢の証拠とされるのは、手指の繊維・DNA鑑定・目撃者の証言など
- 裁判では被害者・被疑者双方の証言が重要視される
- 被害者の供述が信用するに足らず無罪となった痴漢事件がある
- 痴漢冤罪でお困りの方も弁護士に相談できる
電車の中で女性に腕を掴まれ「痴漢です!」と言われてしまえば、決定的な証拠がなくとも、被害者の証言を根拠に有罪とされてしまう可能性が高いと言われています。
実際、痴漢事件は何を証拠として逮捕、起訴されるのでしょうか。
1.痴漢事件の証拠
- 繊維鑑定
- DNA鑑定
- 目撃者の証言
- 被害者の供述
- 被疑者本人の自白
- 防犯カメラの映像
(1) 繊維鑑定
繊維鑑定とは、被疑者の手の指の繊維を採取して、被害者の下着やスカートなどの繊維が付着しているかどうかを鑑定することです。
もっとも、繊維というのは、いろいろなところで類似のものが使われていますから、よほど特徴的な繊維の一致があったというのであればともかく、下着に使用されているのと類似の繊維が指に付着していたというだけで、有罪方向への証拠として安易に利用するのは危険であるとも思われます。
一方、被害者の下着やスカートの繊維と類似の繊維が全く付着していないというのであれば、無罪方向の証拠として利用できる可能性があります。
(2) DNA鑑定
DNA鑑定で、被害者の体液が被疑者の手指に付着していれば、有力な有罪の証拠になります。
一方、被害者が主張するような態様の触り方をすれば、被害者の体液が手指に付着するはずであるのに、全く付着していなかったとなれば、無罪方向の証拠として利用できることがあります。
DNA鑑定の痴漢証拠が、無罪方向の証拠として使えるか?を詳しく知りたい方は、下記記事をご覧ください
【参考】痴漢冤罪は何故起きる? DNA・繊維鑑定は本当に有効なのか?
(3) 目撃者の証言
目撃者がいる場合、その供述は有力な証拠となりえます。
目撃者の供述は、その供述が具体的で迫真性があるか、不自然・不合理な点がないか、視認状況はどうだったか(本当にその位置から犯行がそのように見えるのか)、被害者の話との整合性があるかなどの供述が、事件直後の供述、警察官からの聴取、検察官からの聴取という過程の中で変遷していないかどうかなどが検討されます。
これらの要件を満たしていれば、証拠として使えると判断され、起訴を判断する材料となります。
もっとも、実際に裁判で証拠となるのは、目撃者の公判廷での証言です。
(4) 被害者の供述
被害者の供述も、具体的で迫真性があるか、不自然・不合理な点がないか、供述の変遷がないかということが検討されます。
これは、裏を返せば「具体的・迫真的な供述で、不自然・不合理な点がない」と判断されると、証拠としてかなり重要視されるということでもあります。
これも、実際に裁判で証拠となるのは、被害者の公判廷での証言となります。
(5) 本人の自白
本人が、警察官や検察官の取り調べで述べたことは証拠になります。
このときに、やってもいないのに自白し、自白した内容の供述調書に署名・捺印してしまうと、その後これを覆すことは極めて困難になります。
(6) 防犯カメラ
電車内に防犯カメラが設置されている車両の場合、防犯カメラの映像は非常に有力な証拠となります。
しかし、実際痴漢は混雑した電車内で行われることがほとんどで、そのような車内で痴漢をしている様子が防犯カメラにしっかり映ることの方が難しいでしょう。
電車だけでなく、エレベーターなどの密室における痴漢でも同様です。
2.証拠不十分で無罪
- 痴漢事件の被疑者となってしまった人が刑事裁判となった際、最高裁判所が無罪判決を下した判例があります。
(1) 最高裁判所の判決
密室で起こる痴漢事件では、証拠は、被害者の供述のみという場合が多くなります。そこで、被害者の供述が信用するに足りなければ、証拠不十分となりえます。
痴漢事件について、最高裁判所が、平成21年4月14日に無罪判決を出しました。
これは、最高裁判所が初めて痴漢事件を無罪にした判決であると言われています。
この判決では、
「満員電車内の痴漢事件においては、被害事実や犯人の特定について物的証拠等の客観的証拠が得られにくく、被害者の供述が唯一の証拠である場合も多いうえ、被害者の思い込みその他により被害申告がされて犯人と特定された場合、その者が有効な防御を行うことが容易ではないという特質が認められることから、これらの点を考慮した上で特に慎重な判断をすることが求められる」(最高裁判所 平成21年4月14日)
と述べられています。
そして、この案件は、被告人から痴漢行為を受けていたという被害者が、降車する乗客が多い駅で、一旦下車したにもかかわらず、車両を変えることもなく、再度、被告人と隣合わせに乗車したと述べていることが、不自然であることなどが指摘され、
「被害者が受けたという痴漢被害に関する供述の信用性についても疑いの余地があることは否定し難い」
「本件公訴事実については、犯罪の証明が充分ではないとして被告人に無罪の言い渡しをすべきである」
と判断されました。
(2) 被害者供述の証拠力
この裁判の第一審判決では、被害者の証言について、
「当時の心情も交えた具体的、迫真的なもので、その内容自体に不自然・不合理な点はなく、被害者は、意識的に当時の状況を観察、把握していたというのであり、犯行内容や犯行確認状況について、勘違いや記憶の混乱が起こることも考えにくい」
として、信用性を認め、これを証拠として有罪判決を言い渡していました。
これは、被害者の証言のみで有罪判決を言い渡すときによく使用される言い回しです。
一方、最高裁判所判決においては、2人の裁判官が、補足意見の中で、被害者とされる女性の公判での供述内容について
- 「詳細かつ具体的」
- 「迫真性」
- 「不自然・不合理な点がない」
などという一般的・抽象的な理由により信用性を肯定して有罪の根拠とすることは、他にその供述を補強する根拠がない場合には、慎重な検討が必要であることを指摘しました。
さらに、補足意見では、
「『被害者』の供述するところはたやすくこれを信用し、被告人の供述するところは頭から疑ってかかるこというようなことがないよう厳に自戒する必要がある」
と、被害者の供述を証拠として偏重することが危険であることも述べられています。
満員電車内の痴漢事件は、客観的証拠が得られにくく、判断が難しいものです。
被害者の供述のみをたやすく信用することについて、最高裁判所が一石を投じてくれたとはいえ、客観的な証拠がなければ、裁判所は、被害者の供述の信用性を判断せざるを得ず、明らかに不自然・不合理な点がなければ、被害者の供述のみで有罪とされることは、今後もありえることです。