身近な法律の疑問 [公開日]2021年9月30日

商標法違反と刑罰

甲さんはフリマサイトで、「鞄を持った猫」のマークがあるカバンを買いました。この「カバン猫」は、A社の有名なマークで、同社の製品は人気が高かったのです。

数ヶ月後、甲さんがその鞄をフリマサイトで売ったところ、購入者からクレームが来ました。
「これは別会社の製品にカバン猫印をつけた偽物だ。商標法違反で刑事事件になるぞ!」

本物だと思っていた甲さんは驚きました。
はたして刑事事件になって、逮捕されてしまうのでしょうか?

1.商標法とは?

まず、商標法とはどのような法律なのかを説明しましょう。

【例】
A社は、高い技術と企業努力により、安価で高品質な鞄を生み出しました。大人気で飛ぶように売れましたが、真似をする競争相手も現れます。
そこで同社は、製品にカバン猫印をつけ、他社の製品と区別できるようにしました。消費者も、カバン猫を目印にA社による高品質な商品と信頼して購入できます。
ところが競争相手のB社が、粗悪品にカバン猫をつけて大量に売り出したため、A社には、同社の製品と誤解した消費者から苦情が殺到しました。放置すれば、A社の信用も地に落ちてしまいます。

このような事態を防止する法律が「商標法」です。

商標とは、典型的には、「その商品が、ある企業により生産されたこと」を示す印です。人は商標を通じて、その商品の生産者を判別できるのです。

もしも他人の商標を勝手に使用できるなら、生産者の信用が害され、企業努力も無駄になるうえ、他者が生産者の信用や企業努力に「タダ乗り」する不公正を許してしまい、商標を信用した消費者も損害を被ります。

そこで商標法は、商品の生産者が、特許庁に「商標」とその商標を用いる「商品」(指定商品)を登録すれば、登録商標を指定商品に関して独占的に使用できる権利を与えました。

A社がカバン猫印という商標を、「鞄」という商品を指定して登録することで、この商標を鞄に用いる権利を独占できることになります。

2.商標とは?

このように商標法は「ある商品がある生産者によって作られたこと」を表示するマークを保護する法律として生まれました。

生産者を示すマークは、古くは文字、図形、記号に限られましたが、産業社会の発展した今日、三次元的な立体形状、特定の色彩、これらを組み合わせたもの、さらには特定の「」までが生産者を示すしるしとして利用されるに至っており、今では、そのいずれもが保護対象となっています(商標法2条1項柱書)。

また物理的な形状ある商品でなくとも、老舗旅館や高級レストランなど形を持たないサービス(「役務」と呼びます)の提供者を示すマークなども、同様に保護対象に加わるに至っています(2条1項2号)(※)。

※この場合、登録に際し、商標を用いる「役務」を指定します(指定役務)。商標法は「商品」だけでなく「役務」に用いる商標も等しく保護していますが、この記事では偽ブランド品の販売を念頭に説明するので、以後は役務には言及しません。

さらに、商品の生産者、サービスの提供者でなくとも、例えば、製品やサービス内容の品質を保証する業界団体が使用するマークなども商標に含めて保護対象とされています(2条1項1号、2号)。

3.商標権者に認められる権利

商標が登録されて「登録商標」となると、申請者は「商標権者」となり、「専用権」と「禁止権」という2つの権利が認められます。

(1) 専用権

専用権とは、指定商品に関して、登録商標を独占的・排他的に「使用する」ことができる権利です(25条)。

商標の「使用」とは、例えば次の行為が典型的です。

  • 鞄やその包装紙にカバン猫印を貼り付けたり、刻印したりする行為(2条3項1号)
  • カバン猫印を貼り付けたり、刻印したりした鞄や包装紙を譲渡、販売、輸出、輸入などする行為(2条3項2号)

これらの行為を勝手に行えば、商標の無断「使用」であり、専用権侵害となります。

排他的とは、その権利を誰に対しても主張できるという意味であり、商標権者は専用権に基づいて、権利を侵害する第三者に対して次の各種対応が可能です。

  • 損害賠償請求(民法709条、商標法38条)
  • 不当利得返還請求(民法704条)
  • 差止請求(商標法36条1項)
  • 謝罪広告など信用回復措置の実施(商標法39条、特許法106条)

損害賠償請求には、加害者の故意・過失が必要ですが、商標権を侵害する行為には過失が推定され(商標法39条、特許法103条)、実際上、反証が認められることはほとんどないので、損害賠償義務を免れることは困難です。

(2) 禁止権

たとえ登録商標と全く同一のマーク、指定商品と全く同一の商品でなくとも、類似したマーク、類似した商品であれば、消費者が誤解する危険があり、放置できません。

そこで登録商標と「類似の商標」を使用する行為、指定商品と「類似する商品」に使用する行為は、商標権を「侵害するものとみなす」とされます(37条)。「みなし侵害行為」と呼びます。

みなし侵害行為にあたれば、専用権の侵害と同様、損害賠償請求、不当利得返還請求、差止請求、回復措置請求が可能です。

この類似商標、類似商品に関する使用を禁止する権利は、専用権の実効性確保のために、特に保護範囲を拡張した「禁止権」と呼ばれます。

(3) 間接侵害

登録商標を指定商品に使用する行為は直接的な権利侵害行為と言えますが、そのような行為の準備をする行為も放置できません。

そこで商標法では、侵害の準備をする行為も「みなし侵害行為」と定めています(37条2号~8号)。「間接侵害」と呼びます。

例えば、次のような行為です。

  • カバン猫印のある鞄や、カバン猫印のある包装を施した鞄を、譲渡などの目的で所持する行為(37条2号)
  • カバン猫印のある包装容器(外箱)・包装紙・紙ラベルなどを所持する行為(37条5号)
  • 他人に使用させる目的で、カバン猫印のある包装容器・包装紙・紙ラベルなどを所持したり、譲渡したりする行為(37条6号)
  • 自分や他人が使う目的で、カバン猫印のある包装容器・包装紙・紙ラベルなどを製造したり、輸入したりする行為(37条7号)

4.商標権侵害に対する刑事処分

商標権侵害行為は、民事責任だけでなく、刑事責任も発生させます。

(1) 処罰の内容

【専用権侵害行為の罪】
専用権を侵害した者は、次の(ア)(イ)(ウ)いずれかの処罰を受けます(78条)。
(ア)10年以下の懲役刑
(イ)1000万円以下の罰金刑
(ウ)(ア)と(イ)の両方(「併科」と呼びます)

【みなし侵害行為の罪】
「みなし侵害行為」を行った者は、次の(ア)(イ)(ウ)のいずれかの処罰を受けます(78条の2、37条)。
(ア)5年以下の懲役刑
(イ)500万円以下の罰金刑
(ウ)(ア)と(イ)の両方

【両罰規定】
会社などの法人の代表者や従業員、個人事業主に雇われている従業員などが業務に関して犯罪行為を行ったときに、その行為者の処罰とは別に、事業主である法人や個人にも罰則を科す規定があります。これを「両罰規定」と呼び、商標法もこれを採用しています。

法人では、専用権侵害行為、みなし侵害行為いずれでも、3億円以下の罰金が法人に科されます(82条1項1号)。

個人企業では、専用権侵害行為では1000万円以下、みなし侵害行為では500万円以下の罰金が個人事業主に科されます(82条1項1号)。

(2) 過失で商標権を侵害した者の処罰

さて、冒頭の甲さんは、カバン猫のついた偽物を販売してしまいました。

カバン猫は、鞄を指定商品としたA社の登録商標ですから、甲の譲渡行為は登録商標の「使用」であり、A社の専用権を侵害する行為です(25条、2条3項2号)。

また、この鞄を譲渡目的で所持する行為は、みなし侵害行為に該当します(37条2号)。

ただし、専用権侵害行為・みなし侵害行為を処罰する規定は、ともに故意犯なので、犯罪事実の認識がなければ犯罪は成立しません
甲さんに不注意の過失があったとしても、過失による商標権侵害は犯罪ではありません。

(3) 故意に商標権を侵害した者はどうなる?

仮に、甲さんが偽物と知っていたなら、専用権を侵害した罪、みなし侵害行為の罪により刑事処分を受ける危険があります。偽物かも知れないが、それでも構わないと思っていた場合も同じです(「未必の故意」と呼びます)。

同罪は親告罪ではありませんが、通常は、商標権者の被害届を受けて捜査が開始され、刑事告訴を得てから起訴されます。

また、偽物と知りながら商品を販売するのは、買主を騙して金銭を得ることですから、刑法の詐欺罪にも該当します(刑法246条1項)。法定刑は10年以下の懲役刑です。

捜査が開始されれば、逮捕され、さらに逃亡や証拠隠滅の恐れがあると判断されれば、勾留される場合もあります。この場合、身体拘束は逮捕から最大23日間に及びます。

【実際の商標法違反の事例】

①2020年6月24日、フリマアプリを使用して、ブランドメーカーの商標に類似した商標を付した腕時計を販売した男性が商標権を侵害したとして商標法違反で逮捕された事件(※可児警察署サイト(2020年6月24日)「商標法違反で男を逮捕」)

②2021年9月7日、フランスの人気ブランド「アニエスベー」の偽ブランドマークをつけたトートバッグなどを販売した会社員の女性が、商標権を侵害したとして商標法違反で逮捕された事件(※上毛新聞ニュース(2019年9月8日)「偽ブランドバッグ販売容疑で女逮捕 太田署」)

③2021年9月28日、高級ブランド「ブルガリ」の偽ネックレスをネットで販売したとして、会社役員など8名が商標法違反で逮捕された事件(※NHKニュースWEB(2021年9月28日)「ブルガリの偽物販売疑い8人逮捕 約2億円売り上げか」)

起訴されて法廷での正式な刑事裁判となれば、保釈申請が認められない限り、裁判終了まで身体拘束が続きます。

初犯で悪質でなければ、裁判所の書類上の手続だけで罰金刑を受ける略式裁判で済む可能性も高いですが、罰金刑でも前科として記録されてしまいます。

身体拘束を短期に終わらせ、起訴を回避するには、何よりも商標権者との示談を成立させることが重要です。

示談により商標権者の損害を賠償し、宥恕を得れば、起訴猶予の可能性は高くなりますし、万一、起訴されても有利な情状として考慮してもらえるので、刑の軽減や、執行猶予判決が期待できます。

5.まとめ

偽物と知らなかった場合は、商標法違反の犯罪は成立せず、刑事処分を受けることはありませんが、前述のとおり、商標権者が損害賠償などを請求してくればこれを免れることは困難です。

また、偽物と知っていた場合は、早期に商標権者との示談をまとめなければ、刑事処分が厳しくなる危険性があります。

泉総合法律事務所では、商標法違反事件の知識も豊富です。是非ご相談ください。

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