刑事弁護 [公開日]2021年2月25日

医師が刑事事件で逮捕されると医師免許は剥奪・取り消し? 

「医師、歯科医師が逮捕された」などという事件も珍しくはなくなりました。

医師であろうと、事件を起こせば一般国民と同様に刑事処分を受けることになります。
そこで、医師の先生方にとって気になるのは医師免許でしょう。

この記事では、犯罪を理由とした医師に対する行政処分について詳しく説明致します(なお、以下では「医師」と表現していますが、「歯科医師」についても全く同じです)。

1.医師に対する行政処分の種類と理由

医師の非行に対する厚生労働大臣による行政処分には、下記の3種類があります。

①戒告(医師法7条1項1号)
②3年以内の医業の停止(同2号)
③免許の取消し(同3号)

これら行政処分の理由となるものは、次のとおりです。

(1)心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの(医師法7条1項柱書、4条1号)
(2)麻薬、大麻又はあへんの中毒者(同上)
(3)罰金以上の刑に処せられた者(同上)
(4)医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者(同上)
(5)医師としての品位を損する行為(医師法7条1項柱書)

「罰金以上の刑」とは、懲役刑、禁錮刑、罰金刑のことです(刑法10条、9条)。

「刑に処せられた」とは、懲役刑・禁錮刑・罰金刑の有罪判決が確定したことを意味します。
執行猶予付き判決であっても、確定すれば「処せられた」に該当します。

したがって、罰金刑であっても、執行猶予判決であっても処分対象です。

逆に、逮捕されただけの場合、起訴されなかった場合については後ほど説明しますので、引き続き以下をお読みください。

2.免許取消・剥奪の判断方法

非行に対してどのような処分を科すかは、厚生労働大臣の裁量で決まります。
ご存知のとおり、厚生労働大臣は行政処分の可否を医道審議会に対して諮問しますから、その答申次第となります。

医道審議会医道分科会は、行政処分の目安として2002(平成14)年12月13日付「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について(2015(平成27)年9月改正)」を公表しており、これが参考となります。

これによると、行政処分の基本的な考え方は次のとおりです。

「医師、歯科医師免許の取消又は業務の停止の決定については、基本的には、その事案の重大性、医師、歯科医師として求められる倫理上の観点や国民に与える影響等に応じて個別に判断されるべきもの
「処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本とし、その上で、医師、歯科医師に求められる倫理に反する行為と判断される場合は、これを考慮して厳しく判断する」

つまりは、(1)非行事案ごとの個別判断である、(2)刑事処分の内容を参考とすることを基本とし、(3)特に医師に要求される倫理の違反には厳しく対応するということです。

そして、その厳しい対応がなされる例として、次の4例をあげています。

①医師の業務を行うに当たり当然に負うべき義務(応招義務や診療録に真実を記載する義務を含む)を果たしていないことに起因する行為
②医療を提供する機会を利用したり、医師としての身分を利用して行った行為
③他人の生命・身体を軽んずる行為
④医業での利潤を不正に追求する行為

さらには具体的な犯罪例をあげて説明していますので、抜粋してみましょう。

(1) 薬物犯罪

・麻薬及び向精神薬取締法違反、覚せい剤取締法違反、大麻取締法違反

麻薬等の薬効の知識を有し、その害の大きさを十分認識しているにも関わらず、自ら違反したのであるから重い処分。

(2) 交通事犯

・業務上過失致死、業務上過失傷害、道路交通法違反等

医師に限らず不慮に犯し得る行為で業務と直接の関連性はなく、品位を損する程度も低いことから、基本的には戒告等の取り扱い。ただし、救護義務を怠ったひき逃げ等の悪質な事案については、人の命や身体の安全を守るべき立場にある医師としての倫理が欠けていると判断される場合には、重めの処分。

(3) わいせつ犯罪

・強制わいせつ、売春防止法違反、児童福祉法違反、青少年育成条例違反等

診療の機会に医師としての立場を利用したわいせつ行為などは、国民の信頼を裏切る悪質な行為であり、重い処分。

3.実際の処分事例

では、実際の処分事例を、2020(令和2)年9月の医道審議会の議事録から実例をいくつか抜粋してみましょう。

罪名(刑事処分の内容) 行政処分内容
医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律違反、関税法違反(懲役3年、執行猶予4年) 医業停止3年
法人税法違反、医師法違反(懲役2年、執行猶予4年、罰金800万円) 歯科医業停止3年
麻薬及び向精神薬取締法違反(懲役1年、執行猶予3年、罰金10万円) 医業停止2年
詐欺、医師法違反(懲役1年6カ月、執行猶予3年、罰金50万円) 医業停止2年
大麻取締法違反 歯科医業停止1年6月
道路交通法違反 医業停止4月
名誉毀損 医業停止4月
診療報酬不正請求 医業停止3月
再生医療等の安全性の確保等に関する法律違反(罰金30万円) 医業停止2月
道路交通法違反 戒告
ストーカー行為等の規制等に関する法律違反 戒告

(2020年9月25日医道審議会医道分科会議事要旨より抜粋)

なお、「刑事処分の内容の記載」は、報道「医師11人、歯科医師13人、不正請求などで行政処分」によります。

また、少々古いですが、2013年9月の報道によれば、厚生労働省は次の処分を発表しています。

処分内容 罪名と処分を受けた人数
免許取消 殺人未遂など1名、業務上過失傷害など1名、詐欺1名
医業停止2年 覚せい剤取締法違反2名、自動車運転過失致死傷1名
医業停止1年6カ月 自動車運転過失傷害1名
医業停止6カ月 道交法違反1名
医業停止3カ月 児童買春・児童ポルノ処罰法違反1名、県青少年愛護条例違反1名、道交法違反1名、医療法違反1名、診療報酬不正請求4名
戒告 器物損壊1名、労働安全衛生法違反1名

毎日新聞 2013年9月18日報道「医業停止などの処分者リストを発表−厚労省

4.逮捕されただけ、起訴されなかった場合

さて、先に逮捕されただけの場合、起訴されなかった場合には、どうなるのでしょうか。

法の定めからすると、起訴されず罰金以上の刑が確定しなくても、厚生労働大臣が、「医事に関し犯罪又は不正の行為があった」、「医師としての品位を損する行為があった」と判断すれば行政処分ができることになります。

しかし、先の医道審議会の「考え方」に示されていたとおり、刑事処分の内容を基本として判断するとされているので、刑事処分が確定しない限りは実際上、処分されないと考えて良いでしょう。

5.実名報道の可能性

犯罪が報道されるかどうか、それが実名報道となるか匿名となるかは、「運」次第と言わざるを得ません。

被疑者逮捕を警察が発表するかどうかは、警察内部の基準があると言われており、逮捕の有無、事案の重大性、被害者の社会的地位などを考慮しているようですが、詳細は不明です。

また警察が公表したとしても、マスコミがこれを報道するかどうか、報道する場合、実名とするかどうかは、完全に個別媒体が自由に判断するべきことです。

報道機関も、警察と同様に被疑者の社会的地位を判断要素としていると思われ、医師による事件は報道されやすいことは確かですが、仮に逮捕されたとしても、たまたまその日に他の大ニュースがあれば、まったく報道されない可能性もあるわけです。

6.医師の犯罪は至急、弁護士に相談を

さて、行政処分が刑事処分の内容を基本にして決まる以上、まずは刑事処分を受けないこと、仮に刑事処分を受けてもできるだけ軽い処分にとどめることが大切です。

もっとも重要なことは、検察官に起訴させないことです。

刑事事件で逮捕されたなら、多くの場合、逮捕から23日以内に起訴・不起訴の結論がでますので、刑事事件は短期決戦です。
それならば逮捕される前、もっと言えば、捜査を受ける前から弁護士のサポートを受けておくべきなのです。

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