刑事事件裁判で弁護士費用が払えない場合、弁護士なしの裁判は可能か
【この記事を読んでわかる事】
- 刑事裁判において弁護人(弁護士)をつけずに裁判を進めることは可能なのか
- 必ず弁護人をつけなければならない事件にはどのようなものがあるのか
- 弁護人をつけずに裁判手続きを進めることの難点、デメリット
刑事事件で正式裁判となってしまった場合、弁護士費用が払えず、自分だけで裁判を進めようと思う方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、それは本当に可能なのでしょうか。
以下においては、刑事事件では弁護人がなくてもよいのか、被告人に弁護人が必要な事件とは、弁護人なしで裁判が行われるとどういう流れになるのか、被疑者・被告人の刑事訴訟法上の権利とその権利行使が現実的に可能か、弁護人なしのままで裁判を進めてよいか、弁護人なしの場合にデメリット等はあるかなどについて、解説することとします。
ところで、弁護士は、弁護士法の定める法曹資格を有するとして登録された者のことですが、刑事訴訟法上は「弁護人」と呼ばれていますので、以下の説明では弁護人としています。
なお、以下では、刑事訴訟法は「法」、刑事訴訟規則は「規」と略記します。
1.刑事事件では弁護人がなくてもよいのか
(1) 被疑者段階
捜査段階(起訴前)では、弁護人を選任するかどうかは被疑者の自由となっています(法30条1項)ので、被疑者が弁護人のつくことを望まない限り、被疑者に弁護人がない状態で捜査手続が進められても、法律的には問題がないことになります。
(2) 被告人段階
①必要的弁護事件
下記の場合は、被告人に弁護人がなければ裁判手続を行うことができませんので、被告人が弁護人を選任しなければ、裁判所が職権で国選弁護人を付することになります。
- 死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる事件を審理する場合(法289条)。
- 公判前整理手続又は期日間整理手続を行う場合(法316条の4、316条の7、316条の8、316条の28第2項)。
- 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件を審理する場合(法316条の29)。
- 即決裁判手続に係る公判期日を開く場合(法350条の18、350条の23)。
②任意的弁護事件
上記①以外の場合には、被告人が弁護人のつくことを望まない限り、被告人自らが刑事訴訟の当事者として、弁護人のない状態で裁判を受けることができます。
弁護士白書(2015年度)の「刑事弁護人(被告人段階)選任率の推移(国選・私選別)」によりますと、弁護人のついていない割合は、地方裁判所において0.5%、簡易裁判所において1.4%となっています。
このように、割合こそ少ないとはいえ、弁護人のついていない被告人もいるのです。
被告人が、自ら弁護人を選任しない、あるいは、国選弁護人の選任の請求もしない理由としては、被告人が弁護士費用を払えないからということもあるかもしれませんが、むしろ、弁護人がつかなくても、事実関係に争いがなく、捜査段階での取調べの状況から、証拠についても全部同意できる事件だからと考えられます。
現実の裁判では、被告人が国選弁護人の選任を希望しない場合でも、事実関係に争いがある場合には(任意的弁護事件であっても、訴訟費用の負担の問題があるとはいえ)職権で国選弁護人を付していると思われます。
本当に費用が困窮している被告人については、訴訟費用執行免除の申立て(法500条)をすることができるため、裁判所も、弁護人の果たすべき役割を重視しますから、被告人には弁護人がつくのが常態であるといえます。
2.被告人に弁護人が必要な事件とは
上記1⑵の①の場合には、被告人に弁護人がなければ裁判手続を行うことができません。
その対象となる事件は、主に、死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁錮に当たる重罪事件(法289条)ですが、それに当たらない事件でも、上記のように、
- 公判前整理手続又は期日間整理手続を行う場合
- 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件を審理する場合
- 即決裁判手続に係る公判期日を開く場合
には、被告人に弁護人がなければ裁判手続を行うことができないのです。
しかも、即決裁判手続の場合、「死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件」はその対象から除外されますが、それ以外の事件は即決裁判手続の対象になりますので、一般的に、軽いと考えられている罪(統計上も、長期3年以下の懲役に当たる、道路交通法違反の罪、出入国管理及び難民認定法違反の罪が、覚せい剤取締法違反の罪、窃盗罪に次いで、多く審理されています)も、必要的弁護事件に含まれることになります。
また、公判前整理手続又は期日間整理手続を行ったり、これらの手続に付された事件を審理したりする場合も、対象事件に限定がありませんので、実際の運用はともかく、法律上は、上記と同様、軽いと考えられている罪も含まれることになります。
したがって、法律上、被告人に弁護人が必要な事件は、必ずしも「重い罪」に限定されるわけでなく、一般的に軽いと考えられている罪も、「事件の争点及び証拠を整理する必要がある場合」あるいは「事案が明白であり、かつ、軽微であること、証拠調べが速やかに終わると見込まれる場合」などには、弁護人が必要な事件となるのです。
3.弁護人なしで裁判が行われるとどういう流れになるのか
被告人のみで、弁護人がつかない場合の裁判の流れは、下記のようになります。
弁護人が関与する部分を除けば、裁判の流れ自体は、弁護人がついた場合と大差がありません。
- 検察官が犯罪を犯した者を起訴します(公訴提起)。被疑者は起訴されることにより被告人となります。
- 裁判長が、被告人に対し、その人違いでないことを確かめます(人定質問)。
- 検察官が、起訴状を朗読します(起訴状の朗読)。
- 裁判長が、被告人に対し、黙秘権等の権利があることを告知します(黙秘権等の権利告知)。
- 裁判長が、被告人に対し、被告事件について陳述する機会を与えます(被告人の被告事件についての陳述)。
- 検察官が冒頭陳述を行い、事件の全貌と審理の対象を明らかにします(検察官の冒頭陳述)。
- 検察官が、事件の審理に必要と認める証拠の取調べを請求します(検察官の立証)。
- 被告人が、検察官の証拠調べ請求に対して証拠意見を述べます(証拠意見)。
- 裁判所が、検察官請求証拠の採否を決めます(証拠決定)。
- 裁判所が、検察官請求証拠につき、証拠調べを行います(証拠調べ手続)。
- 被告人が、情状に関する証拠の取調べを請求します(被告人の立証)。
- 検察官が、被告人の証拠調べ請求に対して証拠意見を述べます(証拠意見)。
- 裁判所が、被告人請求証拠の採否を決めます(証拠決定)。
- 裁判所が、被告人請求証拠につき、証拠調べを行います(証拠調べ手続)。
- 被告人質問を行います(被告人質問)。扱いとしては、裁判所の職権になります。
- 検察官が、事件に対する事実面、法律面の意見、刑の重さに関する意見を述べます(論告・求刑)。
- 被告人が、最後に、事件についての意見を述べます(被告人の最終陳述)。
- 裁判長が、判決を宣告します(判決宣告)。
- 裁判長が、被告人に対し、上訴期間及び上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知します(上訴権の告知)。
4.被疑者・被告人の権利とその権利行使
被疑者・被告人には、下記のように、いろいろな権利が与えられています。
(1) 被疑者・被告人の刑事訴訟法上の権利
①被疑者段階
・家族や友人などとの接見権
身体を拘束されている被疑者は、弁護人との接見交通権が認められていますが、家族や友人などとの接見は、逮捕中は明文の規定がなく、現実的にも難しいとされ、勾留中は法令の範囲内で許されるにすぎません。
また、罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれがある場合には、接見等が禁止されることがあります。
・請求権
勾留理由開示(法82条1項)、証拠保全(法179条1項)の請求ができます。
・陳述権
勾留質問(法61条)、勾留理由開示(法84条2項)では、自分の意見を陳述することができます。
・黙秘権、供述拒否権
黙秘権・供述拒否権が保障されています(法198条2項)。
②被告人段階
・家族や友人などとの接見権
身体を拘束されている被告人は、弁護人との接見交通権が認められていますが、家族や友人などとの接見は、法令の範囲内で許されるにすぎません。
また、罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれがある場合には、接見等が禁止されることがあります。
・申立権・請求権
忌避(法21条1項)、勾留理由開示(法82条1項)、保釈(法88条1項、91条1項)、証拠保全(法179条1項)、公務所等に対する照会(法279条)、証拠調べ(法298条1項)、異議(法309条1項2項)、弁論の分離併合再開(法313条1項)、釈明のための発問(規208条3項)の申立てや請求ができます。
・陳述権
勾留質問(法61条)、勾留理由開示(法84条2項)、冒頭手続(法291条4項)、冒頭陳述(規198条1項)、最終陳述(法293条2項、規211条)、更新手続(規213条の2第2号)では、自分の意見を陳述することができます。
・意見を述べる権
公判期日外証人調べ(法158条1項、281条)、公判期日の変更(法276条2項、規180条)、簡易公判手続をすること(法291条の2)、証拠調べの範囲・順序・方法及びその変更(法297条1項3項、304条3項)、検察官請求又は職権による証拠採否の決定(規190条2項)では、意見を述べることができます。
・尋問権
証人、鑑定人、通訳人、翻訳人に対して、尋問することができます(法304条2項)。
・同意、不同意権
証拠に対する同意・不同意権があります(法326条1項)。
弁護人の同意・不同意の意見は、被告人の意見を代理してなされるものです。証拠に対する同意があれば、原則として、証拠能力が付与されます。
・閲覧権
被告人は、弁護人がないときは、自らの防御の準備のため、公判調書を閲覧する権利を有します(法49条、規50条1項)。
検察官が証拠調べを請求する証拠書類や証拠物について、事前に閲覧することができます(法299条1項、規178条の6)。
・黙秘権、供述拒否権
黙秘権・供述拒否権が保障されています(法291条4項、311条1項、規197条1項)。
(2) 上記の権利行使は現実的に可能か
被疑者・被告人には、上記のように、いろいろな権利が与えられています。
確かに、法文上は、その権利を自由に行使できるともいえます。しかし、現実的に考えた場合、いずれも法的な手続を踏まなければならず、法律に精通していない一般の素人の方には、ハードルが高い事項ばかりです。
黙秘権・供述拒否権があるといっても、弁護人のアドバイスなしにこれを行使することには勇気がいるはずです。
そうしますと、一般の方が弁護人なしに裁判手続を進められるのは、身柄拘束のない在宅事件で、事実関係に争いのない単純な事件、例えば、統計上も件数の多い、道路交通法違反の罪などの事件ということになるでしょう。
5.弁護人なしのままで裁判を進めてよいか
被告人のみで弁護人なしで裁判手続を進めますと、前科があるような場合には、刑務所に入る可能性も出てきますので、前科の内容によっては、弁護人のつかない裁判は控えた方が得策と思われます。
被告人本人が弁護人をつけたくないと言っても、裁判所が職権で国選弁護人を付する場合があります(法37条5号)。
このような場合は、裁判所が弁護人を付する必要性があると判断しているわけですから、弁護士費用の問題については、上記のように執行免除の申立てもできますので、弁護人を付した措置を受け入れるのが望ましいと思われます。
弁護人なしの場合の唯一の利点は、弁護士費用がかからないということです。しかし、そこには、費用負担を免れられることがよいのか、自分の納得のいく裁判を受けられることを望むのかの、比較衡量が必要と思われます。
その解決が得られれば、弁護人なしの裁判も、被告人の判断結果として、現実にも実施されています。
6.弁護人なしの場合のデメリット
(1) 勾留中の接見に支障
被疑者段階で身柄を拘束されている場合には、弁護人としか自由に接見ができませんので、弁護人がついていなければ、家族との接見にも支障を来します。
(2) 様々な手続きの手間がかかる
また、被疑者・被告人のいずれの段階でも、上記のように、刑事訴訟法上いろいろな権利が与えられていますが、その権利を行使するためには、申立てや請求といった、法的な手続を書面等でとらなければなりません。
その手続を踏まなければ、実質的にも被疑者・被告人に有利な結果が得られないわけですから、弁護人がついていないのは、大きなマイナスであり、デメリットといえます。
(3) 専門性の欠如
被告人は、法律知識に乏しく、しかも、犯罪の嫌疑による心理的負担を負っています。
そこで、被告人の正当な利益を擁護し、当事者主義の下において、検察官と対等な立場で、訴訟活動が十分に行えるようにするために、弁護人による弁護が必要なのです(憲法37条3項)。
しかも、被告人となってからだけではなく、被疑者の段階から弁護人による擁護を加えて、捜査における不当な人権侵害を防ぐ必要があります。
しかし、被疑者・被告人に弁護人がついていなければ、自己に有利な主張をしたり、証拠を提出したりすることが困難になり、十分に防御ができないことから、結果的に、不利益を被るとも限りません。
被疑者、特に、被告人の権利を擁護してもらうためにも、弁護人の存在は欠かせないといえます。
7.まとめ
刑事事件で裁判になってしまった場合、被告人が弁護人なしで裁判をするメリットとしては弁護士費用の節約しかありません。できる限り弁護士に依頼するようにしましょう。
しかし、日本の刑事事件では、起訴後の有罪率は99.9%と言われています。まずは、早期の弁護士相談で不起訴を目指すことが重要です。
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