傷害罪は怪我の程度に応じて示談金が変化する?
「つい、カッとなって他人に傷害を負わせてしまった。」
そのような傷害事件を起こしてしまった場合、「示談」するという話をよく耳にします。
しかし、示談の際に支払うべき金額についてはご存知ない方が多いのではと思います。傷害を負わせてしまった場合の示談金はどのくらい用意すべきなのでしょう。
以下では、傷害罪の定義、示談の重要性、示談金の額や相場などについて解説します。
1.傷害罪(刑法204条)とは
(1) 傷害罪とは
傷害罪は、人の身体を傷害することによって成立する犯罪であり、法定刑は15年以下の有期懲役又は50万円以下の罰金です。
傷害罪は、被害者の告訴がなくても検察官が起訴できる非親告罪ですから、示談が成立して被害者が告訴を取り下げたとしても、法的には100%起訴されないという保障はありません。
しかし、暴行や傷害という粗暴犯罪の前科前歴があったり、被害の程度が重い事案であったりする場合でなければ、たとえ傷害罪であっても、示談が成立すれば、検察官が起訴を控えてくれることが期待できるでしょう。
(2) 「傷害」とは
それでは、どのような行為が「傷害」になるのでしょうか。
「傷害」とは判例によれば、人の生理的機能に障害を与えることです。
外見的に痕跡のあることは必要ではありませんから、病気に罹患させることや、ノイローゼやPTSD等精神的な症状を生じさせることも傷害です。
もちろん、傷をつけて出血させる、骨折させるといった物理的外形的に明らかな機能障害も傷害です。
健康体の生理機能を障害した場合だけでなく、もとからあった怪我や病状を悪化させることも、被害者の現在の生理機能を害しているので、やはり傷害となります。
一方、古い判例は、女性の毛髪を根本から切断することは暴行にすぎず、傷害にはあたらないとしています(大判明45.6.20刑録18・896)。その行為自体により健康が害されるおそれは少ない為です。
さて、傷害行為は典型的には、暴行、すなわち、人の身体に対する有形力の行使によって行われます。
暴行の結果、相手に怪我が生じなかった場合は、暴行罪(刑法208条)として、2年以下の有期懲役、30万円以下の罰金、拘留又は科料にとどまりますが、暴行の結果、被害者の生理的機能が害されれば、傷害罪として、より重く処罰されます。このため、傷害罪は暴行罪を基本犯とする結果的加重犯(※)の側面があります。
※結果的加重犯とは、重い結果を引き起こす危険性のある基本犯を実行して、重い結果が生じた場合を、基本犯よりも重く処罰する犯罪です。例えば、強盗(刑法236条1項)は暴行・脅迫を手段として他人の財物を奪う犯罪であり、5年以上の有期懲役に処せられますが、被害者に怪我をさせれば、結果的加重犯である強盗致傷罪(刑法240条)として、無期又は6年以上の懲役刑という重い刑に処せられます。
このように傷害は、暴行により行われ、暴行罪の結果的加重犯となることが多いですが、それにとどまるものではなく、暴行以外の方法で生理的機能を害した場合も傷害罪となることはもちろんです。
例えば、性病を感染させること(最判昭27.6.6刑集6・6・795)、人を極度に畏怖させて精神障害を起こさせること、自宅から隣家に向けて連日ラジオの音声等を大音響で鳴らし続け、慢性頭痛症等を負わせることも傷害に当たります(最決平17.3.29刑集59・2・54)。
これらは有形力を行使することなく、それ以外の方法で、故意に被害者の生理的機能を害する行為ですから、暴行罪の結果的加重犯ではありません。
2.示談の重要性
傷害罪を犯すと、逮捕・勾留される可能性があり、早期に釈放され、最終的に不起訴となるためには、示談が必要不可欠になります。
刑事事件における示談とは、①加害者が犯行を認めて謝罪し、②被害者に示談金を支払い、これと引き換えに、③被害者は加害者を宥恕(※)し、告訴や被害届を取り下げるという合意をすることです。その合意の証拠として、「示談書」という一種の契約書を作成します。
※「宥恕」(ゆうじょ)とは、寛大な気持ちで許すという意味です。示談書に「処罰は望まない」、「寛大な処分を望む」、「宥恕する」などの宥恕文言を記載することで、宥恕の気持ちを表明してもらいます。
示談の成立は、示談金の支払いで被害が金銭的に補てんされ、宥恕文言で処罰を求める感情が無くなったことが明らかになるので、刑事手続においては、加害者に有利な事情として考慮されます。
そこで捜査段階において示談が成立した場合、検察官は、起訴・不起訴の決定をするに際して、公判請求ではなく略式命令請求(罰金刑)にとどめたり、あるいは、不起訴処分(起訴猶予)で終わらせたりすることも考えられるのです。
さらに、捜査の初期段階で示談が成立すれば、検察官による事件の早期処理が可能になり、逮捕されても勾留請求されない、あるいは勾留延長を請求されないなど、早期の身柄解放が実現する可能性も高くなります。
3.示談金の額
では、示談の結果被害者に支払う示談金の額は、どのようにして決まり、いくら程になるのでしょうか。
(1) 示談金の内訳
傷害罪の示談金は、交通事故による被害者に対する損害賠償額を参考にして決めることが通常です。その内訳は、実損害と慰謝料です。
被害者が治療のために通院や入院をした場合は、実損害として、治療費、付添看護費、入院雑費、通院交通費、休業損害(怪我により仕事を休んだ事による損害)、逸失利益(怪我の後遺症により将来得られなくなった収入の損害)などが考えられます。
これに加えて慰謝料も請求でき、入通院期間によって算定する傷害慰謝料(別名「入通院慰謝料」)と、後遺障害が残った場合の後遺障害慰謝料が含まれることになります。
(2) 慰謝料の決まり方
交通事故では、傷害慰謝料は入通院期間に応じて基準額があり、後遺障害慰謝料は後遺障害等級に応じて基準額があります。
ただ、この各基準額も、事故態様(例えば、加害者の赤信号無視や危険運転行為など)、加害者の悪質性(飲酒運転や居眠り運転など)、加害者の事故後の対応(ひき逃げ、謝罪がない、不合理な弁解を繰り返すなど)、被害状況の深刻さなどの諸事情によって増減されます。
この観点からは、交通事故の慰謝料は、あくまでも不注意である「過失」で生じさせた怪我に対する慰謝ですから、「故意犯」である傷害罪の場合は、より悪質性は高いと言わざるをえず、少なくとも50%程度の加算をして要求することが一般的です。
もちろん、故意犯であるという点だけでなく、犯行に至る経緯・動機・目的、犯行の方法、犯罪の結果の重大性や犯行態様、被害結果が将来に及ぼす影響、被害感情の強さ等々、考慮するべき事情はいくらでもありますが、それらが客観的な指標となるわけではなく、いわば大雑把に「何%程度は増額するべき」という交渉材料となるに過ぎません。
もっとも、保険会社が責任をもって支払ってくれる交通事故の示談交渉とは違い、傷害事件では、加害者の支払能力以上の金額を要求しても無駄ですから、残念ながら、加害者の資力が金額を決める決定的な要素になることも少なくありません。
4.示談金の相場
上に説明したような事情で、「傷害罪の示談金相場」といっても、具体的な金額を示すことは難しいのです。
下記の金額は、あくまでも、そのような金額で示談する例がよく見られるという例として参考にして下さい。
もちろん、事案ごとの個別の事情によって、金額の増減が図られることになります。
(1) 暴行罪の場合
幸いにして怪我がなかった暴行罪の場合には、慰謝料だけですから、高額となるケースは少ないでしょう。
一般的には、5万円~30万円程度となる場合が多いようです。
(2) 傷害罪の場合
傷害罪の場合は、まずは実際にかかった治療費等の実損害に左右されます。前述のとおり、これに入通院期間に応じた慰謝料が加わります(しかも、これも前述したとおり、交通事故における金額よりも加算されます)。
したがって、実際の金額は、詳細な事情がわからなければ算定しようがありませんが、比較的軽度といえる怪我の場合の「示談金の相場感覚」を御参考に示しておきます。あくまでも、こんな金額の例がよくあるといった程度の御参考にしてください。
怪我が全治1週間程度 | 10万円~30万円 |
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怪我が全治2週間程度 | 20万円~50万円 |
怪我が全治1か月程度 | 50万円~100万円 |
なお、交通事故の場合は、症状が固定し、後遺障害の有無がはっきりしてから、示談交渉を行うことが一般ですが、故意の傷害事件の場合は、示談交渉をしている時点では将来後遺障害が残るかどうかわからないことが少なくないです。
その場合に示談を成立させるなら、「万一新たな損害が発覚した場合には再度交渉する」という趣旨の条項を記載して合意をします。
5.まとめ
誰しも、酔っ払った勢いなどで相手に暴行を加えたり、大怪我を負わせてしまったりする可能性があります。
傷害事件の慰謝料は、時としてかなり高額となります。傷害事件の被疑者となってしまったら、出来るだけ早く反省の意を示し、被害者の方との示談を成立させることが重要となります。
傷害事件や暴行事件を犯してしまった場合、刑事事件に詳しい泉総合法律事務所にご相談ください。