傷害罪は怪我の程度に応じて示談金が変化する?
「つい、カッとなって他人に傷害を負わせてしまった。」
そのような傷害事件を起こしてしまった場合、「示談」するという話をよく耳にします。
しかし、示談の際に支払うべき額や示談の意義、合意すべき内容についてはご存知ない方が多いのではと思います。
まず、傷害を負わせてしまった場合の示談金はどのくらい用意すべきなのでしょう。
結論から言うと、示談金や慰謝料は、発生した結果つまり傷害の程度によって大きく左右されます。つまり、軽い怪我なら比較的低い示談金となりますが、大怪我を負わせてしまった場合はそうとはいかないでしょう。
怪我を与えたことによる精神的損害が大きくなるのみならず、治療費や治療のために失った利益(給料等)といった被害者の受けた損害全体が膨れ上がるためです。
それでは、大きな怪我をさせてしまった場合、示談しないでいい!と考えるかもしれません。
しかし、示談が成立しないと起訴され、厳罰に処される可能性が高まります。
それに、刑事手続を前提とした示談が成立しなくても、民事上の責任は残りますから、後日被害者から請求を受けることは避けられません。故意に他人に与えた損害に関する賠償は自己破産等の債務整理手続の対象にならないことがありますので、容易に逃れることはできません。
刑事処罰で名誉を失った上に損害賠償も免れないという結果に陥るよりは、相応の弁償をして刑事処分を受ける前に示談したほうが良い結果となることは多々あることでしょう。示談交渉の可能性はできる限り検討するべきと言えます。
以下では、傷害罪の定義、示談の重要性、示談金の額や相場などについて、解説します。
1.傷害罪(刑法204条)とは
(1) 傷害罪とは
傷害罪は、人の身体を傷害することによって成立します。
傷害罪を犯すと、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられます。また、検察官は、被害者の告訴がなくても起訴することが可能です。
つまり、示談が成立して被害者がもう許すと言っていても100%起訴されないとは限らない、ということになりますが、同種の前科前歴があったり、事件そのものが非常に悪質として世間の耳目を集めていたりといった場合を除けば、通常は検察官が敢えて起訴する可能性はごく少なくなることが期待できます。
(2) 「傷害」とは
それでは、どこからが「傷害」になるのでしょうか。
「傷害」の意義については、判例は、人の生理的機能に障害を与えたか、という基準を用いています。外見的に痕跡のあることは必要ではありません。
出血、骨折、病気に罹患させること、もとからあった怪我や病気の病状を悪化させることなどは、傷害となります。ノイローゼやPTSD等精神的な症状も含まれます。
一方、女性の毛髪を根本から切断することは暴行にすぎず、傷害にはあたらないとしています(大判明45.6.20刑録18・896)。その行為自体により健康が害されるおそれは少ない為です。
傷害は通常、暴行、すなわち、人の身体に対する有形力の行使によって行われます。暴行の結果相手に怪我が生じなくても、暴行罪(刑法208条)を犯すと、2年以下の懲役、30万円以下の罰金、拘留又は科料が科せられます。
傷害は、暴行により行われることが多いですが、暴行以外の方法によっても行われます。
例えば、性病を感染させること(最判昭27.6.6刑集6・6・795)、人を極度に畏怖させて精神障害を起こさせること、自宅から隣家に向けて連日ラジオの音声等を大音響で鳴らし続け、慢性頭痛症等を負わせることも傷害に当たります(最決平17.3.29刑集59・2・54)。
(3) 「故意」の必要性
傷害罪が成立するには、暴行の認識だけで足りるのでしょうか。あるいは、傷害を負わせる認識も必要なのでしょうか。
裁判所の判例は、以下のように言っています
「㈠暴行罪の規定(208条)において、「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは」とされていること、㈡前説を採ると、暴行の意思で傷害の結果を生じた場合は過失傷害罪(209条)となり、暴行の意思で傷害の結果を生じなかった場合は暴行罪となるのと比べ、法定刑の均衡を失する」(最判昭25.11.9刑集4・11・2239)
つまり、暴力をふるったが傷害を負わせるつもりはなかった、という言い分は通用しないということです。
怪我を負わせる危険性のある暴行を行った時点で、重い結果が生じた場合その結果に応じた罰を受けてしかるべきという価値判断を裁判所はしています。
もっとも、大きな音や脅迫の言葉、病原菌などの方法による傷害は、有形力の行使(つまり暴行)がないので、傷害の故意のある場合に限られることになります。
2.示談の重要性
(1) 逮捕後の流れ
傷害罪で逮捕された場合は、すぐに嫌疑が晴れたなどの場合を除き、48時間以内に、警察は被疑者を拘束したまま事件を検察官に送致します。
そして検察官は、被疑者が逃亡や証拠隠滅をする可能性があったり、身元引受人がいなかったりする場合には、その後24時間以内に、裁判官に対し、より長期の身体拘束を求める勾留の請求をします。
そうしない場合には検察官は被疑者を釈放し、後日呼び出して取り調べの続きを行ったり、最終的な処分を決めたりします。
勾留された場合期間は最長20日間続きます。その後起訴された場合には、更に長期間、身体の拘束が続くことになります。
一方で、起訴後には保証金を積めば保釈される可能性も生じます。
(2) 示談が与える効果
勾留が長期にわたるのは、事案が複雑な場合、共犯事件の場合、証拠収集が困難な場合などですから、事実そのものの存在や正当防衛の成否等犯罪の成立を争っている場合を除き、一般的には、暴行罪や傷害罪で勾留が最大限まで延長されるのは例外的です。
ただし、暴行罪や傷害罪で逮捕された際、早期に釈放・不起訴となるためには示談が必要不可欠になります。
というのも、警察や検察庁、裁判所では、刑事処分を決めるに際し、示談の成立を被疑者や被告人に有利な事情として考慮し、刑事処分を軽減する可能性があるためです。
また、捜査段階において示談が成立した場合、検察官は、起訴・不起訴の決定をするに際して、公判請求ではなく略式命令請求(罰金刑)にとどめたり、あるいは、不起訴処分(起訴猶予)で終わらせたりすることも考えられるのです。
さらに、示談の成立によって、検察官は(事案によるとはいえ)事件の早期処理が可能になり、被疑者を早期に釈放することも考えられます。
このように、暴行罪や傷害罪のような犯罪では、示談の重要性は高いのです。
処分までの時間が限られているからこそ、専門家の手により素早く話し合いを終わらせる必要があるとも言えます。
3.示談金の額
(1) 示談金の種類
示談金は、損害賠償金や慰謝料の金額の合計を踏まえた額となります。
慰謝料については、どの程度の損害に対していくら、と厳密に決まった基準があるわけではないので、現実には治療費等の実損害に一定程度上積みして、被害者の納得がいくかどうかということになります。
身体に対する犯罪の場合、損害の賠償金については、治療費、付添看護費、入院雑費、通院交通費、弁護士費用(被害者に弁護士が付いた場合)、休業損害(怪我により仕事などを休んだ事による損害)、逸失利益(怪我の後遺症により将来得られなくなった収入の損害)が、また、慰謝料については、傷害についての慰謝料と後遺障害による慰謝料が、それぞれ含まれる可能性があることになります。
損害賠償を裁判で争う場合には、治療費は必要かつ相当な実費全額が損害として認められるといった先例と裁判官の感覚に基づく判断がなされることになりますが、示談交渉の場では第三者の関与はありませんので、賠償すべき範囲については互いに説得しあい、譲歩しあって歩み寄りを試みることになります。
(2) 慰謝料の決まり方
傷害の慰謝料は精神的な損害であるため、実費がある治療費などと違いその算出が難しい面があります。
交通事故の場合、実務上では、傷害の慰謝料は入通院日数によりほぼ定額化されています(自賠責基準では、原則として入通院1日につき4,200円とされています)
また、後遺障害による慰謝料についても、実務上、後遺障害等級により定額化が図られています。
暴行事件や傷害事件については、交通事故の場合の慰謝料は念頭に置きつつも、当事者双方の落ち度、治療や捜査協力による具体的な被害者の迷惑の程度などが考慮されることになります。
事案ごとに、犯行に至る経緯・動機・目的、犯行の方法、犯罪の結果の重大性や犯行態様が異なり、また、被害結果の大小や深刻さ、将来に及ぼす影響、被害感情の強さについては、被害者ごとに斟酌すべき点も異なりますので、交通事故の場合のように機械的に賠償額を決めることは難しいです。
一方、保険会社が責任をもって支払ってくれる交通事故の示談交渉とは違い、傷害事件では、被疑者(被告人)側の支払能力が決定的な要素になることも少なくありません。
以上のような前提で、暴行罪や傷害罪の場合の示談金の相場を見てみましょう。
4.示談金の相場
下記の金額は、あくまで一例です。
事案ごとに個別の事情があれば、金額の増減が図られることになります。
(1) 暴行罪の場合
一般的には、10万円~30万円となる場合が多いようです。
(2) 傷害罪の場合
怪我が全治1週間程度 | 10万円~30万円 |
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怪我が全治2週間程度 | 20万円~50万円 |
怪我が全治1か月程度 | 50万円~100万円 |
示談交渉をしている時点では将来後遺障害が残るかどうかわからないことが少なくないですが、その場合、将来のあり得る損害を織り込んで解決したことにするか、万一新たな損害が発覚した場合には再度交渉することにするか、どちらかの形で合意をすることがあります。
5.まとめ
誰しも、酔っ払った勢いなどで相手に暴行を加えたり、大怪我を負わせてしまったりする可能性があります。
傷害事件の慰謝料は、時としてかなり高額となります。傷害事件の被疑者となってしまったら、出来るだけ早く反省の意を示し、被害者の方との示談を成立させることが重要となります。
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