強制採尿とは?|人権侵害にならず認められる条件
薬物事件などで任意捜査での尿検査を断り続けた場合には、最終的には裁判所の許可により強制的に尿をとられる可能性が高くなります。
これは「強制採尿」と呼ばれる捜査方法です。
「どうやって尿を強制的に取られるの?」「強制採尿は痛いの?」「そもそも何故強制採尿が許されるの?人権の侵害では?」
今回は、強制採尿に対するこれらの疑問について解説します。
1.強制採尿とは?
(1) 捜査対象となる犯罪
強制採尿が許されるのは極めて限定的な場面です。いわゆる薬物5法(あへん法、大麻取締法、覚せい剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法及び麻薬特例法)による規制薬物の使用罪の捜査にほぼ限られ、薬物事件以外で行われることはほとんど考えられません。
これは、後述する強制採尿を認めた最高裁判例の掲げる条件を満たすのが、薬物事犯にほぼ限定されるからです。
(2) なぜ尿を取る必要があるのか
覚せい剤取締法違反をはじめとする薬物事犯のうち、薬物の使用罪の事件においては、①法定の除外事由がないこと、②覚せい剤等の薬物を摂取したこと、の2点が立証されれば、特別の事情がない限り、ほぼ有罪となり得ます。
しかし、②の薬物を摂取したという事実の立証については、薬物事犯は難しいと言えます。
薬物摂取はそもそも他人の目が触れない状況で行われることが多い行為です。注射器などの器具を使用すればそれが残りますが、器具を処分することは簡単ですし、銀紙の上で炙った蒸気を吸引したり、禁止薬物自体が錠剤だったりして、摂取の客観的な形跡が残りにくい方法も多く行われています。
そのため、薬物摂取を裏付ける外形的な証拠は一般に乏しく、捜査対象者から尿を採取してその鑑定を行い、捜査対象者の体内に薬物が存在することの証拠とするのが確実であり、自白がない事案によってはそれが唯一の証拠となる場合も多いのです。
血液や毛髪からも摂取した薬物を検出することは可能です。
しかし、血液の採取は直接的に人の体を傷つける行為が必要である上、血液中の薬物は30分〜数時間程度の短い時間で検出できなくなるものが多いことから、薬物事犯の捜査には適していない場合が多いです(なお、強制採血という捜査方法自体は、身体検査令状と鑑定処分許可状を合わせて発付するということで実施が認められています)。
また、毛髪からの検出については、検出可能期間は長いものの、技術上の課題から証拠としての価値が十分得られない場合があり得るため、毛髪鑑定の利用は限定的とならざるを得ないという問題点があります。
そのため、薬物摂取の立証には、他の手段よりも確実で比較的捜査対象者への負担が少ない、尿の鑑定が最も多く利用されているのです。
(3) 任意の尿検査に同意すれば強制採尿されない
強制採尿が許されるのは、捜査対象者(被疑者)が任意の尿検査を拒んでいる場合に限られます。
そのため、任意の尿検査に同意すれば強制採尿をされることはありません。
実際には、任意で尿を出すことを頑強に拒絶していても、裁判所から強制採尿令状が出されると、諦めて自分で尿を出すことを選ぶというケースも多いようです。
もし、強制採尿を認める令状が発付された後でも、他の強制捜査と異なり、強制採尿は最終手段であることから、任意の尿検査に同意すれば、捜査機関はこれを無視して令状による強制採尿を強行することは許されません。
2.強制採尿が認められる条件
(1) 強制採尿は人権侵害になる?
強制採尿は、強制的に尿道口から尿道にカテーテル(シリコン等柔軟性のある素材の細い管)を挿入して、膀胱内の尿を採取するものです。
尿道口から体の中に管を入れて本人の排尿の意思とは無関係に尿を出させることは、された側の屈辱感が大きく、個人の尊厳を傷つけるという問題があります。そして、確かな技術を持つ者が行わなければ怪我をする危険性のある行為です。
このような行為が強制的になされることは、場合によっては憲法が定める基本的人権を侵害するものとなりかねません。
しかし、他方で薬物事犯の取り締まりを行う必要性が高いことから、以下のように、厳しい条件の下に人権侵害の危険性を最小限にすることで、強制採尿が認められているのです。
(2) 強制採尿を認める要件についての判例
強制採尿について明確に基準を設け、限定的な場合に限り、厳しい条件の下に強制採尿を認めたのが、昭和55年に出された最高裁の決定です(最高裁判所昭和55年10月23日第一小法廷決定)。
現在は、この判例が示した条件(強制採尿令状)によって、強制採尿が実施されています。
この判例は、強制採尿の問題点を検討した上で、強制採尿は次の3つの要件を満たす場合にのみ許されると判断しました。
①捜査上真にやむを得ないと認められる場合
この条件を満たすかは、主に次の4つの事情によって判断されます。
- 被疑事実が重大であること
- 犯罪の嫌疑があること
- 尿が証拠として重要で取得の必要があること
- 適当な代替手段が存在しないこと
②適切な法律上の手続を経ていること
判例は、尿という「物」を取得する点で、捜索差押令状が必要であるとし、その上で、対象者の人権への配慮から「医師に医学的に相当な方法で採尿を行わせなければならない」旨の条件を捜索差押令状に記載することが必要不可欠であるとしました。
③採尿の実施にあたって、被疑者の身体の安全と人格の保護のため十分な配慮が施されていること
捜査機関から令状の発付を求められた裁判官は、①の条件を満たしているかを判断して、②の形式の令状(強制採尿令状)を発付し、実際に警察等捜査機関が③の条件を満たすように令状を執行して強制採尿を行う必要がある、ということです。
このような条件からすると、強制採尿令状による採尿が許されるのは、重大な犯罪の捜査であって、尿の証拠価値が極めて高く、他の方法では犯罪事実の立証ができないという点で、およそ薬物事犯以外に強制採尿が許される場合は考えられない、ということになります。
3.実際の強制採尿のやり方
強制採尿令状が発付され執行されると、対象者は、逮捕状によって身柄を拘束されていなくても、強制採尿令状の効力として最寄りの採尿に適した施設まで連行されます。
上記のように強制採尿は「医師に医学的に相当な方法で採尿を行わせなければならない」ことから、連行先はほぼ例外なく病院です。
他の場所では、たとえ医師がいたとしても、衛生環境や万一の緊急時の設備の問題から、「医学的に相当な方法」での採尿と認められない可能性があります。
病院では、医師が、看護師の補助の下、ピンセット等でカテーテルの先端をつかみ、その先端に減菌グリセリンをつけ、外尿道口から尿道内に導き入れて、カテーテルの先端を膀胱内に挿入し、膀胱の圧力により導尿する、という方法で行われます。
このような方法で習熟した医師が十分な殺菌をした上で行えば、感染や損傷のおそれはほとんどありませんし、通常は痛みもないようです。
ただ、対象者が抵抗する場合には危険ですから、これも強制採尿令状の効果として、複数人の警察官が手足を押さえつけて抵抗を排除することが認められます。
4.まとめ
ご自身や家族・知人などが薬物事件などで捜査を受け逮捕の可能性がある場合、すでに逮捕されている場合などは、早めに弁護士へ相談されることをお勧めします。
令状発付や令状の執行方法の適法性に問題があるケースもありますので、「強制採尿令状が出て強制的に採尿されれば諦めるしかない」と思うのは早すぎるかもしれません。
違法捜査による逮捕だった場合、弁護士はその旨を指摘し、被疑者に有利になるような判決を得ることが可能となります。
また、弁護士は勾留の回避・早期の釈放・不起訴処分・執行猶予付き判決など、被疑者の不利益をできる限り小さくするために様々な弁護活動を行います。
薬物事件でお悩みの方は、刑事事件の経験が豊富な泉総合法律事務所の弁護士へのご相談・ご依頼をぜひご検討ください。