財産事件 [公開日]2018年2月28日[更新日]2021年8月27日

置き引きをしたら窃盗罪で逮捕される?

「置き引き」はよく耳にする言葉ですが、具体的な罪名・刑罰まではご存知ではない方も多いでしょう。

この記事では、置き引きの内容、犯罪名、刑罰の内容、置き引きで逮捕されてしまった場合の対処方法などについて説明します。

1.置き引きの手口とは?

置き引きとは、「店先や車内などで、置いてある他人の荷物を、持ち主のふりをして盗み去ること」(※新村出編「広辞苑(第2版補正板)」(岩波書店)289頁。なお、山田忠雄他編「新明解国語辞典(第6版)」(三省堂)177頁も同旨。)です。

「置き引き」は法律用語ではなく、盗みの方法をあらわす一般用語ですが、犯罪白書等の統計では、「万引き」や「空き巣」などと並んで、窃盗犯の典型的な手口のひとつとして分類されています。

典型的には、次のようなケースです。

  • 列車の網棚に荷物を置いたままトイレに行った隙に荷物を盗まれてしまった
  • 旅行先の土産物屋でバッグを足元に置いたまま商品を見ていたところ、気付かないうちにバッグを盗まれてしまった

2.置き引きは窃盗罪

置き引きには、窃盗罪(刑法235条)が成立します。

刑法第235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

上の条文にある、窃盗罪の「窃取」とは、財物に対する他人の占有を侵害して、自己または第三者の占有下に移転することを意味します。

「占有」の有無は、①その物に対する事実的な支配という客観的な要素と、②支配する意思という主観的な要素に基づき、社会通念によって判断されます。

先にあげた置き引きの典型的なケースで、トイレに行く際に列車の網棚に置いたままの荷物や、商品を見ている際に足元に置いたバッグは、持ち主と物理的には接触していないものの、著しく離れた距離ではなく、当然持ち主にも依然としてこれを支配し続ける意思が認められますから、社会通念上、持ち主が占有していると評価されます。

したがって、その占有を自己に移せば、窃取したことになり、窃盗罪となるのです。

なお、窃盗罪の公訴時効は7年です。

これに対し、他人が占有していない物を持ち去る行為(いわゆるネコババ)は、占有侵害、すなわち窃取行為がないので、窃盗罪は成立しません。この場合は「占有離脱物横領罪」が成立します。なお、占有離脱物横領罪の公訴時効は3年です。

刑法第254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料に処する。

上の条文にいう「遺失物」とは、もともと占有していた者の意思に基づかずに、その占有を離れて、まだ誰の占有にも属していない物を意味します。平たく言えば、「落とし物」です。

財布を路上に落としてしまい、どこで落としたかわからないという場合、持ち主は財布に事実的支配を及ぼしているとは評価できないので、持ち主の占有は認められません。

そこで、これを拾った者が自分の物にしてしまえば、占有離脱物横領罪となります。

【窃盗罪の方が重く処罰される理由】
窃盗罪と占有離脱物横領罪の法定刑を比較すると、窃盗罪の方が著しく重いことがわかります。これは窃盗罪が他人の占有を侵害する点で違法性が高いだけでなく、刑法犯の多くを占める犯罪で禁圧の要請が特に強いからです。
また、占有離脱物横領罪は、誰も占有していない財物が目の前にあるという誘惑的な状況での犯行なので、無理からぬ面があり、責任が軽いと評する論者もいます(※西田典之・橋爪隆「刑法各論(第7版)」(弘文堂)249頁)。

3.窃盗罪か占有離脱物横領罪かで争われた裁判例

さて、前述のように法定刑に著しい違いがあると、ある行為が窃盗罪となるか、占有離脱物横領罪となるかは、被疑者・被告人にとって非常に切実な問題です。

実務では、窃盗罪で起訴された置き引き行為に対し、弁護側が占有離脱物横領罪にとどまることを主張して争うケースが少なくありません。言うまでもなく、争点は被害品が「他人の占有」下にあったか否かです。

実際に問題となった裁判例をいくつか紹介しましょう。

ケース①
バスに乗車する列にいた被害者が、カメラを脇に置いたことを忘れたまま、5分間にわたり前進してしまい、約20メートル進んだところで、カメラを忘れたことに気づいて引き返したという事案で、裁判所はカメラに対する占有は失われていないとして、窃盗罪を認めました(最高裁昭和32年11月8日判決・最高裁判所刑事判例集11巻12号3061頁)。

ケース②
駅の指定・特急券販売窓口のカウンターに財布を置き忘れた被害者が、その1、2分後、15メートル離れた別の窓口で乗車券を購入しようとした時点で財布の置き忘れに気づいて引き返したという事案で、やはり裁判所は財布に対する占有は失われていないとして窃盗罪を認めました(東京高裁昭54年4月12日判決・刑事裁判月報11巻4号277頁)。

ケース③
大型スーパーマーケットの地上6階ベンチに財布を置き忘れた被害者が、その10分後、地下1階まで移動した時点で、財布を忘れたことに気づき引き返した事案で、裁判所は財布に対する占有を否定し、占有離脱物横領罪に過ぎないとしました(東京高裁平成3年4月1日判決・判例時報1400号128頁)。

ケース④
被害品であるポシェットを公園のベンチに置き忘れた被害者が、歩いて約27メートル離れた時点で、犯人がポシェットを持ち去ったという事案で、最高裁は持ち去られたのが、被害者がポシェットの置き忘れに気づいていない時点であっても、ポシェットに対する占有は失われていないとして窃盗罪の成立を認めました(最高裁平成16年8月25日決定・最高裁判所刑事判例集58巻6号515頁)。

いずれも被害者が置き忘れたという事案です。

被害品を失念しているということは、それを占有する意思を欠いているのではないかという疑問も生じますが、いずれも短時間の失念に過ぎないので、なお占有意思は失われていないと評価することが可能です。

その上で、ケース③においては、大型スーパーの6階と地下1階という距離が、事実的支配という占有の客観面を否定する理由となっていると思われます。

【落とし物だと誤信していた場合】
なお、例えば、道路上の財布を、「落とし物だ、ネコババしよう」と思って懐に入れたところ、実はすぐ近くに落とし主がおり、財布を回収しに戻ってきたところだったという場合、上の各裁判例の考え方からすると、落とし主の財布に対する占有は失われていませんから、犯人の行為は客観的には占有侵害、すなわち窃盗行為にあたります。
しかし、落とし物だと誤信している以上、「他人の占有」する物という認識がありませんから、窃盗罪を犯すという事実の認識を欠き、窃盗罪は成立せず、占有離脱物横領罪のみが成立します。

4.置き引きで逮捕されるケース

置き引きは、(ⅰ)第三者に犯行を目撃されて現行犯逮捕されるケース、(ⅱ)被害品のないことに気づいた被害者が被害届を提出し、防犯カメラの映像などから犯人が特定されるケースに分かれます。

今日では、駅、空港、デパート、スーパー、繁華街などには、数多くの防犯カメラが設置されていますから、むしろ置き引きは証拠が残りやすい犯罪と言えます。

置き引きは立派な窃盗罪であり、決して軽い犯罪ではありません。逮捕されれば、起訴されて有罪判決を受け、服役を余儀なくされる可能性があります。仮に罰金や執行猶予付き判決となっても、前科がついていまいます。安易に考えてはいけません。

置き引き行為が事実であるなら、起訴猶予処分となるよう、できるだけ早く被害者と交渉を行い、示談を成立させるべきです。

そのためには、弁護士を選任することが必須です。刑事事件の経験が豊富な、泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。

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