窃盗の証拠|証拠がない・証拠不十分な場合はどうなる?
窃盗事件(万引き)で逮捕される場合として、現行犯をイメージする方が多いと思います。
しかし、犯行現場を目撃した人がおらず、犯人が現行犯逮捕されない窃盗事件も多く発生します。
窃盗事件では、窃取行為(盗む行為)の場面を録画した防犯カメラの画像や窃取行為の場面を目撃した目撃者の供述など、被疑者の犯行を直接証明する証拠(直接証拠)はなく、被疑者が盗んだであろうことを推測させる証拠(間接証拠)しか存在しない場合があります。
そういった「犯行を推測させる間接証拠」のことを「情況証拠」(※)ともいいますが、窃盗事件ではどのようなものが情況証拠になるのでしょうか?
また、捜査をしたものの証拠が集まらなかった場合、その後はどのような処分になるのでしょうか?
以下では、窃盗事件の情況証拠の例や、証拠が集まらなかった場合の処分について解説していきます。
※「情況証拠」という用語は、情況証拠によって裏付けられる、犯行を推測させる「事実」(間接事実)それ自体を指す言葉としても使われます。
1.窃盗の情況証拠の例
刑事裁判では犯罪事実を立証するのは検察官の責任であり、合理的な疑いを容れる余地がない程度、すなわち裁判官が「確信」に達するまで証拠をもって立証しなくてはなりません。
この立証を要する事実には、当然ですが、被告人が犯人であること、つまり「被告人と犯人の同一性」も含まれます。そこで、被告人と犯人の同一性を裏付ける証拠として、どのようなものが考えられるかが問われるのです。
被告人が商品をカバンに入れている場面を見た目撃者の証言や、その場面が写っている防犯カメラの映像などは、被告人と犯人の同一性を立証する直接証拠となります。
では、窃取場面に関する防犯カメラや目撃者などの直接的な証拠(※)を除く、「被告人と犯人の同一性を推認させる証拠」にはどのようなものがあるのでしょうか。
※なお、防犯カメラの画像や目撃者の証言も常に直接証拠となるわけではありません。「被告人と犯人の同一性」を立証する直接証拠と言えるのは、録画や目撃の対象が「被告人が窃取行為をしている場面そのもの」である場合です。例えば、盗難被害の現場付近を歩いている被告人の画像や、これを目撃したとの証言は、情況証拠に過ぎません。
(1) 近接所持
ある物が盗まれた後、盗まれた場所の近くで、犯行時間の直後に、その盗まれた物を持っていた者がいたら、その者が盗んだ可能性が高いといえます。
このような、事件発生後、近接した日時・場所で被害品を持っていたことを「近接所持」と呼び、その被害品を持っていた者が窃盗犯人であることを推認させる状況証拠のひとつと考えられています。
これは、被害発生と被害品所持の日時・場所が近ければ近いほど推認させる力が強くなります。
もっとも、被害発生直後に被害場所近くで被害品を持っていたとしても、例えば、盗んだ犯人が落とした被害品を拾ったとか、犯人から購入したなど、所持に至った理由は自らの窃盗以外にも考えられます。
そのため、近接所持という情況証拠があったとしても、直ちにその者が窃盗の犯人だと推認することはできません。
多くの場合、被告人は、知らない人からもらったとか、友人から預かったなど、盗品の入手経路について弁解を述べます。
その弁解内容が合理的なものであれば、近接所持の推認力は低くなるか、推認力自体が無くなります。
他方、次のような場合には、逆に近接所持の推認力が高くなります。
- 弁解内容が不合理(例:高価な宝石を知らない人からもらった)
- 弁解内容が明白な事実に反する(例:「○月○日、友人○○から購入した」との弁解に対して、同日、友人○○は遠隔地にいた事実が判明)
- 弁解内容がコロコロ変遷した(例:当初の「知人からもらった」との弁解を「拾った」に変更)
また多くの裁判例では、①近接所持、②弁解の合理性に加えて、③その他の間接事実も総合考慮して、被告人と犯人の同一性を認定しています。
③その他の間接事実として考慮されるのは、例えば、次のような各事実です。
- 犯行の動機(例:借金で経済的に困窮していた)
- 犯行の機会(例:その時、その保管室の鍵を開けることができた人物が被告人以外にいない)
- 被害品の事前認識(例:被告人は、その金庫内に宝石があることを知っていた)
- 犯行後の不審な挙動(例:所持した物品を偽名で質入れした)
- 指紋やDNA等の検出(後述)
- 事件現場の下調べ(後述)
(2) 指紋やDNA等の検出
被害発生後、別の場所で投棄されていた被害品の一部から、被告人の指紋やDNA等が検出された場合、被告人が被害品を盗んで投棄したのだと推測できます。
また、例えば、金庫から現金が盗まれた場合に、金庫やその周辺から被告人の指紋やDNA等が検出された場合、被疑者が現金を盗んだのだと推測できます。
被害品や被害現場に残された被告人の指紋やDNAは一般的に被告人と犯人の同一性の推認力が高いと考えられています。
もっとも、窃盗被害が発生したときとは別の機会に、被告人が被害現場を訪れたことがあるならば、指紋やDNA等が残されていたとしても、被告人が窃盗被害の発生時に現場にいた証拠とは限らないため、別の機会に残された可能性がないことまで証明できなければ、高い推認力は認められないことになります。
(3) 事件現場の下調べ
窃盗被害の発生前に、被疑者が事件現場の下調べを行っている事実があれば、被疑者が窃盗を行ったのだと推認できます。
例えば、空き巣の被害が発生する直前の時間帯に、被疑者が被害家屋の固定電話に電話をかけた事実があれば、留守かどうかを調べるために電話をかけたのだと推認することができます。
もっとも、被告人が住人と知り合いであるなど、電話をかける理由がある場合には、必ずしも留守を確認するために電話をかけたとは断定できません。
被告人がその家の住人と何の面識もないなど、電話をかける理由がないことまで証明できなければ、被告人が犯人であることの情況証拠としては意味をなさないことになります。
(4) 小括
窃盗の情況証拠の例としては、以上のようなものがありますが、これらはあくまでも一例に過ぎず、事件の内容によって、多種多様な情況証拠があります。
法的には、状況証拠だけで有罪とすることも許されるので(※最高裁昭和25年10月17日判決/最高裁昭和38年10月17日判決)、たとえ万引きの瞬間をとらえた防犯カメラの映像のような直接証拠がなく、取り調べで黙秘権を行使して最後まで自白しなかったとしても、必ずしも、不起訴や無罪となるわけではありません。
ただし、一方で、情況証拠が一つあるだけで、それを唯一の根拠に犯人だと認められるということはありません。前述のとおり、通常は複数の情況証拠を総合的に見て、被疑者・被告人が犯人であると認められるかどうかが判断されます。
2.証拠が不十分だった場合の流れ
窃盗の被害届が出されたために捜査を行ったものの、十分な証拠が集まらなかった事例では、その後はどのような流れになるのでしょうか。
窃盗事件の多くは、捜査→被疑者を逮捕(逮捕状による通常逮捕)→検察官に送致→裁判官に勾留請求→検察官が起訴・不起訴を決定するという流れになります。
不起訴処分には、主なものとして、①嫌疑不十分、②嫌疑なし、③起訴猶予の3つがあります。
このうち、③起訴猶予は起訴して有罪判決を得ることが可能であるのに、反省の度合い、被害の軽さ、示談の成立などの諸事情を考慮して、あえて不起訴にする場合なので、ここでは割愛します。
(1) 嫌疑不十分
捜査の結果、被疑者が犯罪を犯した疑いがあるものの、証拠が不十分であるとして不起訴処分とする場合を「嫌疑不十分」といいます。
これは、要するに、起訴して有罪にできるだけの証拠がないために不起訴処分にするということです。
(2) 嫌疑なし
捜査の結果、被疑者が犯罪を犯した疑いがないとして不起訴処分とする場合を「嫌疑なし」といいます。
最初は窃盗の犯人だと思料して捜査を行ったものの、犯罪を証明する証拠が全くなければ「嫌疑なし」による不起訴処分となります。例えば、完全な人違いや、被疑者のアリバイが判明した場合です。
→不起訴の種類についてはこちら
3.窃盗罪で逮捕されてしまったら
上記のように、窃盗罪で逮捕されてしまうと身体拘束をされ、また、起訴処分となってしまうと刑事裁判となります。
窃盗罪の法定刑は、10年以下の懲役刑または50万円以下の罰金刑です。
裁判所の統計によると、平成30年に窃盗の罪で有罪判決が確定した1万0566人のうち、罰金刑はわずか334人(約3%)に過ぎず、1万0232人(約97%)が懲役刑となっています(※平成30年度司法統計「第33表:通常第一審事件の終局総人員―罪名別終局区分別―全地方裁判所」より)。
今後の生活のためにも、窃盗罪で罰金刑や懲役刑となる、前科がつくといった事態は何としても避けたいところです。これを回避するためには、被害者との示談を成立させることが重要です。
被害者と示談をすることで、加害者にとって有利な判断(不起訴・執行猶予付の判決になる等)が下される可能性があります。
示談を迅速に行うためにも、早急に弁護士にご相談ください。
[参考記事]
刑事事件の示談の意義・効果、流れ、タイミング、費用などを解説
4.まとめ
ご自身、あるいは身近な方が窃盗罪を犯してしまった場合、その後、どうなってしまうのかと心配になると思います。
そのような場合、お早めに泉総合法律事務所にご相談ください。刑事事件に習熟した弁護士が適切な対処方法をアドバイスいたします。