身近な法律の疑問 [公開日]2021年12月1日

保護責任者遺棄罪とは|介護・子供の置き去りで逮捕?

保護責任者遺棄(致死)罪は、よく報道される犯罪の1つです。そして同罪は、関係ないと思っているあなたが犯してしまう可能性のある犯罪の1つでもあります。

この記事では、保護責任者遺棄罪の内容や、同罪で逮捕された場合の流れ等について解説します。

1.保護責任者遺棄罪とは?

刑法218条
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。

保護責任者遺棄罪は、①老年者、幼年者、身体障害者、病者を保護する責任のある者②これらの者を遺棄したり、その生存に必要な保護をしなかったりした場合に成立します。

(1) 保護する責任のある者とは?

①のいう「保護する責任」が発生する根拠として、刑法の教科書的には、古くから法令、契約、事務管理、慣習、条理が例として挙げられてきました。

例えば親権者は、法律上(民法820条)、子の生存に必要な措置をする義務があると考えられるので、保護責任者に該当します。

また、医師は患者と診療契約を結んだ場合は契約により、急患として院内に運び込まれた患者を引き受けた場合は、引受という先行行為の存在から条理により、適切な医療措置を施す義務が発生するので、保護責任者に該当します。

介護士は、介護契約によって、介護対象となっている老年者との関係では、保護責任者に該当するとされる場合もあります。

他方で、通りすがりに道端で倒れている治療を要する人を発見しても、保護を要求する法令・契約・慣習などは存在しないので、発見しただけの者は保護責任者とは解されないでしょう。

ただ、法令・契約・慣習・先行行為などがあるだけで、直ちに保護責任が発生するのではありませんし、今日では、形式的な論拠の有無より、その者に被害者の保護を強制するべき実質的な理由の方がはるかに大切だという意見が強くなっています。

実際、多くの裁判例は、法令・契約・慣習・先行行為などをベースとしつつ、対象者の生命・身体の安全を現実に左右する立場にあったか否か等を考慮して、刑法独自の観点から、保護責任の有無を判断しています。

(2) 「遺棄」「必要な保護をしなかった」とは?

刑法218条にいう「遺棄」とは、判例・通説によれば、例えば、母親が子を山中などの危険な場所に連れて行く「移置行為」と、危険な場所に「置き去り」にする行為をいいます。

「生存に必要な保護をしなかった」とは「不保護」と呼ばれ、例えば傍にいる自分の赤ちゃんに食事を与えない行為は不保護に当たります。

ただし、保護責任者遺棄罪は被害者の生命身体の安全を図るものであり、実際に生命身体に具体的な実害が発生したことまでは必要ないものの、およそ実害発生の危険が想定されない場合には犯罪は成立しないと理解されています。これを抽象的危険犯と呼びます。

したがって、例えば、いつも3時間おきに行っている赤ちゃんへの授乳行為を1回サボったからといって、それが直ちに「生存に必要な保護をしなかった」ことになり、保護責任者遺棄罪が成立するわけではありません。

具体的な数値は示すことは困難ですが、事案に応じて、授乳の懈怠によって、赤ちゃんの健康に実害が発生する危険があると判断される段階に至って、はじめて「生存に必要な保護をしなかった」として、保護責任者遺棄罪が問われることになります。

(3) 保護責任者遺棄の刑罰

保護責任者遺棄罪を犯し、相手に傷害を負わせたり、死亡させたりした場合には、保護責任者遺棄致死傷罪が成立します。

刑法219条
前2条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

保護責任者遺棄罪の罰則は3月以上5年以下の懲役です。他方、保護責任者遺棄致死傷罪の罰則は、保護責任者遺棄罪と傷害罪を比べ上限下限ともに重い刑で処断することとなっています。

傷害罪の罰則は1月以上15年以下の懲役なので、保護責任者遺棄致傷罪を犯した場合には、3月以上15年以下の懲役に処されます。

傷害致死罪の罰則は3年以上20年以下の懲役なので、保護責任者遺棄致死罪を犯した場合には、3年以上20年以下の懲役に処されることとなります。

なお、保護責任者遺棄罪の時効は5年、保護責任者遺棄致死傷罪の時効は10年となっています。

【殺人罪との関係】
「自分の子を家や車内に放置して死亡させたため、保護責任者遺棄致死罪により逮捕」といった報道をたまに見ますが、「なぜ子を殺したのに殺人罪じゃないの?」と疑問を抱く方がいるのではないでしょうか。
古くは、保護責任者遺棄致死罪と殺人罪は、犯人に殺意があるか無いで区別されるとした判例があります(※大審院大正4年2月10日判決(大審院刑事判決録21輯90頁))。殺人罪は故意犯ですから、殺意、すなわち殺人の故意がなければ、殺人罪に問えないことは当然です。したがって、殺意を証明する証拠が乏しければ、殺人罪での逮捕・起訴・有罪判決につながることはありません。
反面、親に殺意があれば、直ちに殺人罪の成立を認めるべきかは議論があります。
この点、実際に死亡の結果が生じたときは、親に故意がある限り、殺人罪が成立するという意見もあります(※西田典之・橋爪隆「刑法各論(第7版)」弘文堂37頁、井田良「講義刑法極・各論」有斐閣101頁)。
しかし、実際の裁判例や多くの学説は、そのような単純な図式化はしていません。実際の裁判例をみると、児童虐待行為が先行した全てのケースで殺人罪が適用されたわけではなく、ひとつの事情だけを決め手にするのは無理でしょう。
多くの学説は、親に殺意があり、死亡の結果が生じていても、さらに諸事情を考慮し、殺人罪ではなく、保護責任者遺棄致死罪が成立するにとどまる場合があることを認めており(※平野龍一「刑法総論Ⅰ」(有斐閣)159頁、山口厚「刑法各論(第2版)」(有斐閣)39頁、前田雅英「刑法各論講義(第5版)」(東京大学出版会)110頁、大谷實「刑法講義各論(第2版)」(成文堂)69頁)、これと結論を同じくする判例もあります(※最高裁昭和63年1月19日決定)。

2.保護責任者遺棄罪が問題となった最近の判例

(1) 出産した子を放置した

公園の公衆トイレで子を出産した母親が、子を同所に放置して死亡させた事例(保護責任者遺棄致死罪など。名古屋地裁岡崎支部令和3年5月31日判決・D1-LAW.COM判例体系28292187)

この事件の被告人は看護学生であり、新生児をトイレに放置し、何らの医療措置も施さなければ生命に危険が生じることを十分に認識していたと認定されていますから、殺人の未必の故意があったと言えるケースです。
しかし、検察は殺人罪ではなく、保護責任者遺棄致死罪で起訴しています。

判決の量刑理由では、子どもの父親の無責任な対応などにより中絶可能な時期を過ぎてしまい、周囲の助力を求めることもできなかったなど、被告人に酌むべき事情があると指摘されていますから、検察としても殺人罪に問うほどの悪質性を見いだせなかったものと思われます。実際、判決も懲役3年・執行猶予5年でした。

(2) 暴行・傷害を加えた後に保護を与えなかった

約20日の間に、2歳の被害者に多数回の暴行・傷害を加え、その後、食事や医療といった必要な保護を与えずに、多臓器不全と低栄養による衰弱で死亡させた事例(保護責任者遺棄致死罪。札幌地裁令和2年10月16日判決札幌高裁令和3年4月26日判決

これは当初は傷害致死罪で起訴された事件ですが、傷害と死亡の因果関係が疑わしくなりました。そこで検察官が、被告人の暴行傷害により被害者が保護を要する状態となったのに、保護義務を尽くさなかったとして、傷害罪と保護責任者遺棄致死罪に主張を変更し、有罪判決に至った事案です。

殺意の証拠がないため、殺人罪にこそ問われていませんが、悪質な事案であったことは疑いなく、懲役13年の判決でした。

(3) スロットに行くため子供を置き去りにした

スロットに行こうと考え、両親そろって4名の子(5歳、3歳、1歳、生後3ヶ月)を住居に置き去りにして外出してしまった事例(保護責任者遺棄罪。神戸地裁令和2年4月17日判決

被告人となった父母は、4人の子どもらが家で寝ている間に遊びに行き、起きる前には帰宅するつもりで外出したという事案ですが、裁判官は5歳から生後3ヶ月の子ども達を放置することの重大な危険性を指摘して、両名を非常識と強く非難しています。

ただ、幸い子どもらに現実に危険が生じたものではなく、事案としても単純で、両名ともに反省し、前科もないことなどから、懲役2年、執行猶予3年の判決となりました。

3.保護遺棄罪で逮捕された場合の流れ

(1) 逮捕から勾留請求まで

度々流れる報道を見ればわかるように、保護責任者遺棄罪・遺棄致死罪を犯した場合には、逮捕される可能性があります。

警察官に逮捕された場合、警察署に連行され取り調べを受けます。その後、逮捕から48時間以内に、身柄・証拠等は検察官に送られます(送検)。そして、検察官からも取調べを受けます。

検察官は、身柄を受け取ってから24時間以内かつ逮捕から72時間以内に、被疑者の勾留請求を裁判官にします。

勾留が認められた場合、被疑者はその後10日間(延長された場合20日間)、身体拘束されることになります。
検察官が勾留請求をしなかった、あるいは、裁判官が勾留を認めなかった場合には、被疑者は解放されます。

(2) 勾留請求から起訴まで

勾留期間中にも被疑者は取調べを受けます。そして、勾留期間満了までに、検察官は被疑者を起訴するか否かを決定します。

起訴された場合、被疑者は被告人と呼称が変わり、その後裁判を受けることになります。勾留は起訴後も続きますが(起訴後勾留)、起訴後勾留の場合、保釈請求が可能になります。

他方で、起訴されなかった場合には、被疑者は解放されます。

(3) 起訴から判決まで

検察官が保護責任者遺棄罪を起訴する場合は、公開の裁判所で行われる「正式裁判」を求めることになります。これを「公判請求」と呼びます。

保護責任者遺棄罪の法定刑には罰金刑が無いので、略式請求(略式起訴)は認められません。

[参考記事]

公判請求とは?略式請求との違い・公判を避ける方法

裁判では、そもそも被告人が犯罪を犯したか、犯罪を犯したとして被告人に酌むべき量刑事情があるか等について審理されます。

裁判で被告人が犯罪を犯した証明がされた場合、被告人に有罪判決が出され刑罰が科されます。保護責任者遺棄罪の法定刑は懲役刑しか存在しないので、有罪となった場合には必ず懲役刑が科されます。
もっとも、3年以下の懲役刑が科された場合、執行猶予を付けられるかもしれません。

執行猶予が付された場合、すぐに刑務所に行くことはありません。執行猶予期間中、再度犯罪を犯し禁錮・懲役刑が科される等の事態にならない限り、懲役刑に服することはないのです。

他方で、執行猶予がつかなかった場合、判決が確定すれば、収監されることになります。

[参考記事]

執行猶予とは?執行猶予付き判決後の生活|前科、仕事、旅行

4.まとめ

保護責任者遺棄罪は懲役刑しかない重い犯罪です。
保護責任者遺棄罪を犯して逮捕されてしまった方やそのご家族の方は、すぐに泉総合法律事務所にご相談ください。

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