刑事弁護 [公開日]2022年3月9日[更新日]2024年2月19日

私人逮捕は違法ではない?|条件・誤認だった場合の責任など

私人逮捕系YouTuberが逮捕された」と、2023年11月に話題になっています。

痴漢・盗撮や万引きなど、実際に犯罪をしている場面を目撃した一般の方が現行犯人を逮捕することを「私人逮捕」といいます。
「警察ではない一般人が犯人を逮捕していいのか?」と疑問に思うかもしれません。また、私人逮捕された側は「一般人による逮捕が有効なんておかしい」と憤りを感じるかもしれません。

この記事では、私人逮捕について、その条件や、誤認逮捕だった場合の責任等について解説します。

1.「逮捕」の種類

まず、「逮捕」について解説します。
逮捕には、通常逮捕、現行犯逮捕、緊急逮捕があります。

緊急逮捕は例外的な手続で、実例も全体の1割に満たないので、ここでの説明は割愛します。詳しく解説したコラムとしては以下をご覧ください。

[参考記事]

緊急逮捕の要件とは?通常逮捕・現行犯逮捕との違い

(1) 通常逮捕

通常逮捕とは、警察官や検察官が、令状(逮捕状)を裁判所に請求し、裁判所から出された逮捕令状により被疑者を逮捕することをいいます。これが逮捕の原則的な方法です。

令状発付を裁判所に請求し逮捕令状により被疑者を逮捕する、という手続きは、憲法上の要求です。
身体拘束は重大な人権制限なので、公正な第三者である裁判所が事前に逮捕の理由と必要性の審査をおこない、濫用を防止しようとしているのです。これを令状主義と呼びます。

憲法33条
何人も現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない。

通常逮捕の際に逮捕状を請求できるのは、警部以上の警察官と検察官等となっています。そのため、警察官でも警察組織内の階級が「警部」より下である、「警部補」「巡査部長」「巡査」は通常逮捕における逮捕令状の請求はできません。
もっとも、これら警部より下の者であっても、発布された逮捕令状を執行して被疑者を逮捕すること自体は可能です。

通常逮捕は、罪を犯した疑いさえあれば、それだけで可能となるものではありません。被疑者が罪を犯したと疑う相当な理由があり、かつ逮捕の必要性(逃亡の恐れ、罪証隠滅の恐れ)がある場合にはじめて可能となっています。

(2) 現行犯逮捕

現行犯逮捕とは、現に犯行を行っている者、又は犯行を行い終わってから間もない者を、令状なしで逮捕することをいいます。

先述のように、逮捕に際して令状の請求を必要としているのは、憲法上の要請からです。しかし憲法は、現行犯については令状なしで逮捕できることを明文で認めています(上記憲法33条)。
これは、現行犯の場合、被疑者が罪を犯したことが明白なため、不当な人権侵害のおそれが少ないことが理由です。

また、刑事訴訟法は「準現行犯」というものも定めています。これは下の①~④に当たる者が、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときには、現行犯とみなすというものです。準現行犯は現行犯とみなされるので、この場合も令状無して被疑者を逮捕することができます。

  • 犯人として追呼されているとき。
  • 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
  • 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
  • 誰何(すいか)されて逃走しようとするとき。

そして、刑事訴訟法213条は「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と規定しています。
何人でも、とありますから、現行犯人(準現行犯人を含む)は、私人でも逮捕することができます。私人が現行犯人を逮捕することが「私人逮捕」です。

2.私人逮捕とは?

(1) 私人逮捕の条件

私人ができるのは現行犯逮捕だけです。被害者であれ、目撃者であれ、犯行を現認した場合等、現行犯逮捕の要件を満たせば、誰でも被疑者を取り押さえることができます。

ただ、犯行が明白で人権侵害の危険がない故に、事前審査もなしに逮捕という実力行使が許されるのですから、実力行使する者にとって犯罪事実が明白な場合であることが必要で、かつそれで足ります。

【例1】Aが満員電車で座っていたところ、自分の前に立っていたB女が「痴漢!」と声を上げたので、B女の後方に立っていた男性3人のうち、真ん中のC男を「お前が痴漢だな」と逮捕した。なお、B女は誰が痴漢かを告げておらず、AもC男の痴漢行為を現認していない。

この場合、逮捕者であるAは、C男の犯罪行為を現認していませんし、C男を犯人とする被害者B女の言動もありませんから、仮にC男が真犯人であったとしても、逮捕者AにとってC男の犯罪事実が明白であるとは言えず、現行犯逮捕は許されません

なお、Aが勝手にC男の犯罪行為は明白だと思い込んだとしても、適法な現行犯逮捕となるものではありません。
犯罪の明白性は、逮捕する者の単なる主観的な認識では足りず、逮捕時点における具体的な状況に基づいて客観的に判断されるものだからです(東京高裁平成3年5月9日・判例時報1394号70頁)。

【例2】Aが満員電車で座っていたところ、自分の前に立っていたB女が、その隣のC男から臀部を触られているのを目撃したので、Aは「お前は痴漢だな」とC男を逮捕した。なお、C男による痴漢行為を目撃したのはAだけであり、B女は臀部に何かが当たっていることは認識していたが、満員電車なので、誰かの体かカバンが当たっているのだと思い、痴漢だと認識していなかった。

この場合、痴漢という犯罪行為が行われたこととその犯人がC男であることのいずれの事実も、Aだけが認識しており、他の一般人だけでなく、被害者A女すら認識していません。
しかし、逮捕者Aにとって、C男の犯罪事実が明白であれば現行犯逮捕の要件は満たしており、かつ、それで足りるので、現行犯逮捕が許されます

【例3】Aが満員電車で座っていたところ、自分の前に立っていたB女が「この人、痴漢です!」と隣のC男の腕をとって高く上げたので、Aは「この痴漢め!」と逮捕した。なお、AはC男の痴漢行為を現認していない。

この場合、B女が「この人、痴漢です!」と隣のC男の腕をとって高く上げたことが、「追呼※」に該当するので、Aによる逮捕は準現行犯逮捕として許されます

※「追呼」とは、「追跡」と「呼号」であり、「呼号」とは「呼び叫ぶこと、言い立てること」を意味します。

(2) 私人逮捕のやり方

私人逮捕のやり方としては、シンプルに被疑者を取り押さえることです。
もっとも、逮捕の際には必要最小限度の有形力の行使は許されますが、不当に過大な有形力を行使してはいけません

【裁判例】最高裁昭和50年4月3日判決
現行犯逮捕にあたり、犯人が抵抗したときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとを問わず、その際の状況からみて、社会通念上、必要かつ相当と認められる限度内の実力を行使することが許される。

例えば、現行犯人が素直に罪を認め、逃走や抵抗の素振りがないにも関わらずこれを押さえ込む行為は、必要性を欠く行為として、適法な現行犯逮捕とは認められない可能性があります(その場合、後述するように、逮捕した者が逮捕罪に問われる危険性があります)。

また、私人による現行犯逮捕は、その私人による捜査や報復を許容するものではありませんから、被疑者を逮捕した場合には直ちに被疑者を検察官や警察官などに引き渡さなければなりませんし、自ら取調べを行ったりすることはできません

3.私人逮捕が誤認だった場合の責任

では、私人逮捕が誤認逮捕であった場合に、逮捕した人に刑事上の責任・民事上の責任は発生するのでしょうか?

まず、私人逮捕は、本来は刑法上の逮捕罪に該当する行為です。
しかし、適法な現行犯逮捕の要件を満たすことで、正当な法令行為(刑法35条)として違法性を欠く結果、逮捕罪にはならないのです。

刑法220条
不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。

もっとも、現行犯人として逮捕した者が実は犯人ではなかったり、後に無罪判決を得たりしたとしても、直ちに逮捕罪が成立するわけではありません。

たとえば、先の例3のように、B女が「この人、痴漢です!」と隣のC男の腕をとって高く上げたので、AがC男を現行犯逮捕したというケースで、真犯人はD男であり、C男を犯人と呼号したのはB女の勘違いであったという場合を考えましょう。

女性が犯人の腕をとり、痴漢の被害を訴えたという逮捕行為時の客観的状況からは、その時点で現行犯逮捕の要件を満たしており、たとえCが真犯人でなかったとしても、Aの逮捕は適法であり逮捕罪は不成立です。
また、仮にB女の言動を軽率に信じたAに何らかの過失があった場合でも、逮捕罪は過失犯を処罰していないので、やはり犯罪とはなりません。

もっとも、AがCを逮捕する際に、抵抗したCに捻挫などの怪我をさせてしまっていた場合は、Aに過失傷害罪(刑法209条)が成立する可能性はあります。

さらにAが、Cは真犯人ではないことを知りながら、B女の言動を奇貨としてCを逮捕したならば、目的・動機において社会的相当性を欠き、適法な法令行為とは認められないので、逮捕罪が成立し、もしも怪我をさせてしまった場合は、逮捕致傷罪(刑法221条)としてより重く処罰されます。

以上は民事責任についても同様で、逮捕者に逮捕罪や過失傷害罪が成立する場合には、不法行為(民法709条)として、慰謝料などの損害賠償請求を受ける可能性があります。

したがって、私人の立場で軽率に現行犯逮捕を行うことはあまりお勧めできません

4.まとめ

私人により逮捕されたとしても、警察官に逮捕されたとしても、身体拘束がされることには変わりありません。

身体拘束から早期に釈放されるためにも、逮捕された場合には泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。

刑事事件を解決する情報は、こちらの記事で詳しく解説されています。あわせてご確認ください。
参考:刑事事件に関する記事一覧|法律相談ナビ

[参考記事]

警察に逮捕されたらどうなるのか?

刑事事件コラム一覧に戻る