セクハラと痴漢はどこが違うか|基準を分かりやすく解説
「セクハラが原因で逮捕される可能性がある」といわれるとどう思われるでしょうか。
「セクハラくらいで?」と思われた場合は要注意かもしれません。
行為者の目線ではスキンシップや軽い冗談のつもりであっても、受け手にとっては大きな苦痛となっていることもしばしば見受けられます。
場合によっては、痴漢と同様に刑事責任を問われて、逮捕されたり前科がついたりする可能性もある問題なのです。
この記事では、セクハラについて、痴漢との違いや処罰される可能性がある行為について解説します。
1.セクハラ・痴漢はどういった行為か?
もともと「セクハラ」や「痴漢」を定義して処罰対象としている法律はなく、「セクハラ」や「痴漢」という言葉は刑事法で使われる法律用語ではありません。
ただ、痴漢については、概ね、電車内などで、衣服の上からや直接に被害者の身体に触る行為などを指す違法行為と社会的に認識されています。
後述のように、このような行為は、全国各地の迷惑防止条例で取り締まるための規定が設けられており、さらに刑法の強制わいせつ罪に該当する場合もあることから、「痴漢は犯罪」と認知されています。
一方、セクハラについては、違法行為と意識された歴史が比較的浅いので、それが犯罪に該当する可能性もあると知る方は未だ少ないようです。
しかし、社会的にセクハラと呼ばれる行為が刑法などの罰則を定めた法律に触れる危険性はあり、その場合には、刑事責任の問題が生じます。
このように、「セクハラや痴漢だから犯罪となる・ならない」と考えるのは間違いであり、社会的に「セクハラ」や「痴漢」と呼ばれている行為のうち、どのような場合が、どのような法的な責任を生じさせるのかを知っておく必要があります。
(1) セクハラとは
一般に、セクハラ(セクシャルハラスメント)とは、「性的な嫌がらせ」という意味です。
法律(雇用機会均等法)により事業者に対して職場でのセクハラ対策が義務付けられていることから、講話やビデオ視聴などの研修を受けられたご経験もあるのではないでしょうか。
雇用機会均等法は、数多くのセクハラ被害のうち、職場における被害を防止する対応策を雇用主に義務づけているので、①性的な言動への対応によって、被害労働者が労働条件上、不利益を受ける場合、②性的な言動によって、被害労働者の職場環境が害される場合を対象としています(同法11条1項)。
(2) セクハラと民事責任
この均等法の定義は、直接的には、雇用主が負う努力義務の範囲を画するものに過ぎませんが、職場におけるセクハラ行為を考えるうえで、参考にはなります。
職場において、このような事実が認定されれば、雇用主は、加害者に対して労働契約上の懲戒処分を発動できますし、被害者は加害者に対して不法行為責任(民法709条)を根拠に慰謝料を請求することが可能です。また被害者は、加害者の雇用主に対して使用者責任(民法715条)を根拠に慰謝料請求をすることも可能です。
もちろん、セクハラ行為が慰謝料などの民事責任を発生させるのは、職場におけるセクハラに限られません。被害者に精神的な損害を生じさせる性的な言動である限り、職場の内外や、仕事上の関係か否かを問わず、違法な不法行為となります。
その場合、民事上の損害賠償責任が生じるか否は、「相手の意に反する」かが大きなポイントとなります。ただ、不法行為の成否が、性的な言動が意に反したか否かという被害者の内心だけに依拠するなら、被害者が「私は嫌でした」と言えば、何でも損害賠償請求が認められてしまいます。
しかし、不法行為は違法な行為であって初めて成立するものであり、意に反すれば全て違法とするわけにはいきません。そこで、被害者の内心だけでなく、当該性的言動が社会的な許容範囲を超える内容かどうかが問われなくてはなりません。
もっとも、現在では、職場に限らず、性的言動に対する社会の目は非常に厳しいものがあり、一昔前のように「冗談だ」「傷つけるつもりはなかった」「嫌がっているとは思わなかった」などの言い訳は裁判所では通用しなくなっています。
(3) 痴漢行為とは
犯罪となる痴漢行為については、別記事で詳しく紹介しています。
[参考記事]
痴漢の定義と種類|痴漢を事例ごとに徹底解説
痴漢行為の多くは迷惑防止条例によって取り締まりを受けています。
迷惑防止条例は、公共の風紀を維持するために制定されていますので、会社のオフィスのように誰もが自由に出入りできるわけではない場所は規制の対象外になります。
痴漢行為は犯罪であると同時に、民法上の不法行為にも該当しますから、加害者には慰謝料などの損害賠償責任も発生します。
なお、セクハラ行為も、身体に触る行為や卑わいな言葉を投げかける行為などは、迷惑防止条例違反にも該当する行為ですので、公共の場所や乗り物でセクハラ行為を行うと、迷惑防止条例違反となる可能性もあります。
2.セクハラや痴漢で問題となりうる刑事責任
次に、セクハラや痴漢の各行為が該当する可能性がある法律(処罰規定があるもの)を解説します。
(1) 痴漢行為の場合
迷惑防止条例違反の罪
東京都の迷惑防止条例である「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」では、
正当な理由なく、人を羞恥させ、人を不安にさせる行為として、公共の場所や乗り物で、
- 着衣の上からまたは直接身体に触ること
- 卑わいな言動をすること
を禁止しています。
違反すると、6月以下の懲役または50万円以下の罰金(常習の場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金)により処罰される可能性があります(東京都以外の地域でもほぼ同様です。)。
強制わいせつ罪(刑法176条)
痴漢行為でも悪質な場合は、強制わいせつ罪として重い罪に問われる可能性があります。
実際に検挙例がある事例として、「下着の中に手を差し入れて陰部を触る」「胸を執拗に触ってキスをする」といったものがあります。
[参考記事]
痴漢の罰金と刑罰|逮捕後の流れと共に解説!
(2) セクハラの場合
セクハラ行為を、広く「相手の意に反する性的な言動」と捉えた場合は、行為の態様もさまざまであり、適用される可能性がある法律も多岐にわたるため、概要を表にまとめてみました。
罪名 | 法律 | 行為の態様 | 刑の重さ |
---|---|---|---|
侮辱罪 | 刑法231条 | 具体的な事実を伴わず、「〇〇さんは浮気好き」などと公然と人を侮辱した場合 | 拘留、科料のいずれか |
名誉毀損罪 | 刑法230条 | 「〇〇さんは取引先の□□さんと浮気している」というように、具体的な事実を拡散して名誉を毀損した場合 | 3年以下の懲役・禁錮・50万円以下の罰金のいずれか |
強要罪 | 刑法223条 | 脅迫または暴行により、相手に義務のないことを強要した場合 | 3年以下の懲役 |
強制わいせつ罪 | 刑法176条 | 脅迫または暴行により、わいせつ行為(性的な羞恥心を害する行為)を行った場合 | 6月以上10年以下の懲役 |
準強制わいせつ罪 | 刑法178条1項 | 酒に酔った状態や立場や権限により心理的に抵抗できない状態であることに乗じて、わいせつ行為を行った場合 | 6月以上10年以下の懲役 |
強制性交等罪 | 刑法177条 | 暴行または脅迫により、性交や肛門性交、口腔性交を行った場合 | 5年以上20年以下の懲役 |
準強制性交等罪 | 刑法178条2項 | 酒に酔った状態や立場や権限により心理的に抵抗できない状態であることに乗じて、性交や肛門性交、口腔性交を行った場合 | 5年以上20年以下の懲役 |
公然わいせつ罪 | 刑法174条 | 路上で性器を見せつけたり、路上で性行為をするなど、公然とわいせつな行為をした場合 | 6月以下の懲役・30万円以下の罰金・拘留、科料のいずれか |
ストーカー規制法違反(迷惑防止条例違反) | ストーカー規制法18条、2条など | 恋愛感情や悪意の感情またはそれらにまつわる怨恨の感情によりストーカー行為(例えば性的な羞恥心を害する手紙や写真を送りつけるなど)を反復して行った場合 | 1年以下の懲役・100万円以下の罰金のいずれか |
※拘留とは1日以上30日未満刑事施設に収容される刑、科料とは1,000円以上1万円未満を徴収される刑です。
※罰金の下限の額は1万円です。
3.具体的なセクハラの事例と刑事責任
セクハラとは、「相手の意に反する性的言動」ですが、「性的言動」が犯罪となる可能性について解説します。
なお、犯罪に当たらない場合でも、民事上の責任を追及されたり、就業規則に違反して懲戒処分を受けたりする可能性は大いにあるということが前提となりますのでご注意ください。
(1) 性的な経験談や恋愛経験について尋ねる
性的な事項を本人に尋ねること自体は、犯罪に該当しませんが、質問への回答を強要した場合「強要罪」に該当するケースも考えられます。
強要罪における「脅迫」には、経済的不利益に関する害悪の告知が含まれます。したがって、契約更新や人事評価などで不利益を与えること、職場に居づらくさせてやると告げることも脅迫にあたるといえるでしょう。
なお、強要罪は未遂罪も処罰されますので、質問に答えなかったとしても、強要未遂罪の成立がありえます。
職場の雑談の中でこのような話題が出たに過ぎない場合は、害悪の告知がなされていないので、犯罪は成立しないと考えられます。逆に、雑談であっても害悪の告知がなされている限りは強要罪の可能性があります。
(2) 性的な噂を流布する(言いふらす)
噂の内容によっては「侮辱罪」や「名誉毀損罪」に該当する可能性が考えられます。
侮辱罪は、「〇〇さんはスケベ」などと、具体的な事実は指摘しないものの、公然と否定的な評価下して人を侮辱した場合に成立します。
名誉毀損罪は、「〇〇さんは取引先の□□さんと浮気している」と具体的な事実を公然と示した場合に成立します。
いずれも、特定の少数にとどまらず拡散する可能性があれば、「公然と」侮辱や名誉毀損をしたことになります。
なお、言いふらされた内容が人の社会的評価を低下させるおそれがない場合は、罪にはなりません。
例えば、「〇〇さんは、その旦那さんの子どもを妊娠した」とか「お互いに独身の〇〇さんと△△さんは結婚を前提に付き合っている」というような例です。もちろん、これらがプライバシー侵害として、民事上慰謝料請求の対象となる危険性があることは別論です。
[参考記事]
名誉毀損罪・侮辱罪とは?不起訴処分に向けた弁護活動
(3) 性的なたとえでからかい、冗談を言う
第三者に聞かれるような状況であれば、「侮辱罪」や「名誉毀損罪」に該当する可能性があります。
一方、どんなにひどい冗談であっても、それが個室での発言で、不特定または多数に広がる可能性がないような場合は、セクハラには当たっても、犯罪は成立しないと考えられます。
(4) 自身の性的経験談を話す
そのような話をしただけであれば、犯罪に当たることはないと考えられます。
しかし、性行為場面や裸体の画像を見せた場合は、公然わいせつ罪になる可能性も考えられます(下記「(8) わいせつな画像を掲示したりスクリーンセーバーとして表示したりする」参照)。
以上の4例は発言によるセクハラの事例ですが、これらを公共の場所や乗り物で行った場合は、「卑わいな言動」として「迷惑防止条例違反」が成立する可能性もあります。
(5) 性的な関係を強要する
「(準)強制わいせつ罪」や「(準)強制性交等罪」またはその未遂罪となる可能性があります。例えば、以下の手段を用いて性的な関係を強要した場合です。
- 強要罪の場合と同様に、仕事上の不利益な処分を匂わせて脅迫する
- 抵抗を力づくで抑えつけたり、羽交い絞めにして胸を強く掴んだりして暴行する
- 飲酒による酩酊状態や寝込んだ状態に乗じる
- 地位や日頃の信頼関係を利用して、心理的に抵抗ができない状態であることに乗じる
なお、実際にわいせつ行為や性交等まで至らなかった場合でも、暴行や脅迫という手段を実行した時点で未遂罪となります。
(6) 不必要に身体へ接触する
相手の身体に触れる行為は、たとえ性的な部位を触る行為でなく、強い力を加えなくとも、それ自体有形力の行使ですから、「暴行罪」となる可能性も考えられます。
性的に恥ずかしいと感じるような部位に触った場合は、「強制わいせつ罪」となる可能性があります。公共の場所や乗り物であれば、「迷惑防止条例違反」となる可能性が高いでしょう。
(7) 食事やデートへ執拗に誘う
脅迫などを伴えば、「強要罪」に該当する可能性があります。
また、拒否しているのに何度もしつこく誘った場合は、「ストーカー規制法」に該当することも考えられるでしょう。
[参考記事]
ストーカー規制法違反に当てはまる?どこからがストーカー行為か
(8) わいせつな画像を掲示したりスクリーンセーバーとして表示したりする
「公然わいせつ罪」に該当する可能性があります。
会社のオフィスのように当該会社の従業員という特定の人しかいない空間であっても、多数人が目にする可能性がある場合は、「公然」と認められるケースがあり得ます。
少人数か大人数かは、明確な基準はないので、一概にはいえないところがあります。
[参考記事]
公然わいせつ罪とは?逮捕されたらどうなるのか
(9) ファーストネームや「ちゃん」付け、呼び捨てで呼ぶ
呼ばれる側の意に反する場合はセクハラに当たる可能性もあり、ビジネスマナーとしても残念なケースですが、犯罪に当たる可能性はないといえるでしょう。
ただし、人前で「デブ」などと身体的な特徴をあげつらったあだ名で呼ぶ行為は「侮辱罪」となる可能性があります。
4.まとめ
セクハラや痴漢が犯罪となるケースについて解説してきました。
犯罪とならない場合であっても、会社の就業規則に違反して処分されたり、退職や転勤を余儀なくされたりするケースが少なくないといわれています。
特にセクハラの場合は、会社も巻き込んで民事上の責任を追及されることもあり、会社にも損害を与える可能性もあります。
セクハラや痴漢について心当たりがある場合は、問題が大きくなる前に刑事弁護経験豊富な弁護士に相談されることをおすすめします。